第13話 早起きは三文の徳 長寝は三百の損

 翌朝、聞きたくもない大音量で目覚める。

 今日も今日とて絶好調!

 ーーな、はずはなかった。

 寝不足の絶好調である。

 昨夜もまたもや寝れずにあの言葉の意味を考えていた。

『最低』ーーその言葉はそもそもどういう時に使うのだろうか。最高な気分になったことがない俺には最低という言葉の使い方がよく分からずにいた。

 だが、寝不足なうえに寝起きの俺の脳に語りかけても答えが見つかるはずはなかった。

 とりあえず顔を洗って食事をしよう。そう思い部屋を出る。

 洗面所の扉を開ける。

 (ガララ)

 そこにはーー見覚えのある女の子が記憶にあるよりも少し成長して大人びたような綺麗な体が目に飛び込んだ。

「きゃあああぁぁ!!」

 女の子はそう言う。そうーー何を隠そうその女の子とは俺の妹の夏海だ。

「あっ、ごめん」

 そう言って早々と扉を閉める。

 正直、眠たくて寝起きの俺は今さら妹の裸なんて見ても何も思わない。むしろ、早く顔を洗って食事をしたいので、こうやって待つのも面倒くさいくらいだ。

 ガララーー

 勢い良く扉が開く。

「あっ、悪い。顔を......」

 その瞬間、俺の顔から大きな音が鳴り、衝撃が走ると共に首が右を向いた。

 最後にうっすら見えたのは、目の前の妹が右手を振りかぶった景色であったため、前後の事象と結びつけると俺は妹に平手打ちをお見舞いされたのだと分かった。

 顔を真正面に戻すと、妹はとても怒った表情をしている。

「最低」

 そう言い残すと彼女はすぐさま去っていった。

 聞き覚えのあるその言葉がやけに胸のうちをもやもやさせる。

 それはそうと、ようやく念願の顔を洗う。

 顔を洗いながら気が付く。俺はここまでの代償を払ってまで顔を洗いたかったのか。

 何故だか情けない気持ちになってきた。

 微かに残るシャンプーの良い香りと温かい湿気。

 そもそも何故、夏海は朝に風呂なんて入ってたのだろうか。普段は風呂は夜派で寝るときも寝汗をかかないように自室の室温を調整してるくらいなのに。

 普段から朝に風呂なんて入ってないのだから、今日は突然朝から風呂に入ってるなんて分かるわけないだろう。

 そう考えると段々と怒りがこみ上げてきた。

 念願の顔を洗い終わり、ついでにトイレも済ませた俺は食事へと向かう。

 食卓には既に家族みんなが箸を進めている。

 先ほど怒らせた妹はというと、ドライヤーの時間が足りなかったのか少し髪が濡れている様子ではあったが、普通に食事をとっていた。

 俺も席に座り、食事をする。

「いただきます」

 すると、母親から先の夏海の悲鳴について質問が入る。

「さっき大きな声が聞こえたけど、何があったの?」

「別に。何にもないって言ってるじゃん」

 夏海は少し怒りながら言う。

 俺は顔を洗いながら少し腹立てていたのもあって、素直に言う。

「いやー、まさか夏海が朝から風呂に入ってるなんて思わなくてさぁー。あっ、でも後ろ姿だったから大丈夫大丈夫!」

 これでお前の裸なんて見ても、俺にとっちゃ何事もないということが伝わっただろう。

「んぅっ......!」

 声にならない声で、ものすごい怒りの表情をしている。心なしか少し目がうるっとしている。 

 そりゃ、妹にとっては裸を見られたうえに悪びれることもなくプライドを傷付けられたんだから、相当なダメージだろう。

「あんたたちやめなさい」

 よしっ、これで俺のターンでフィニッシュだ。

「陵も悪気はなくても夏海が嫌がってるんだから謝りなさい」

 なんとーーやはり俺が悪いのか。確かに故意ではなくとも過失ではある。

 だが、一応謝ろうとしたのだが、それを意に介さずに殴ってきたのは夏海の方だろう。

 今さら何を謝れと言うのか。

「謝ろうとしたらこいつが殴ってきたんだ」

 そう弁明するとーー

 机を叩く音と、その衝撃で机の上に箸が転がる音がした。

「もういい」

 そう言って、ごちそうさまも言わずに夏海は出て行った。

「ちょっと、夏海ー!」

 母のその呼び掛けにも応じることはない。

「陵、お前は兄なんだからもっとお兄ちゃんらしくしなさい」

 父からもそう言われた俺は、まるで逃げ場の失った魚のような気分になった。

 俺はそれでも網から必死に逃げようとする。

「いつも入ってないのに今日だけ朝から風呂に入ってるなんておかしいじゃないか」

「昨日、疲れてそのまま寝ちゃったみたいよ」

 母から理由を聞かされた所で、この話はもはや俺が謝る以外に進展はしなさそうだ。

 こうなったら、意地でも俺の無実を貫いてやる。

 そうこうしてるうちに、家を出る時間がやってきた。

「いけねっ、ごちそうさま!!」

 そう言って、家を飛び出す。

「いってらっしゃい!」

 母だけはいつも通り挨拶をしてくれたことを確かに聞き取った俺は学校へと急ぐ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る