六章・陽光(3)
【だから、口が悪い】
頭上から思念波が響き、それは本当に降臨した。
「な、なんだと……」
「あれがドロシーの……」
「初代王妃と彗星が融合した、本当の姿……」
【ふふふ、らしい格好でしょう?】
それは半人半蛇の人獣だった。本来なら蛇の頭がある部分に女の上半身が存在しており、腰から下が蛇のそれ。初代王妃ドロシーの姿を留めた部分だけで三〇〇mほどありそうな、文字通り雲つく巨体。その数倍の長さに及ぶ蛇の部分まで含めると全長はkm単位になるだろう。ギリシャ神話に登場する“ラミア”という怪物に酷似していた。
「ずいぶん大きくなったものね、小娘」
【あなたはまた縮んだわね、月華】
見上げた童女と見下ろす化生の間で火花が散る。ドロシーの言葉通り月華はさらに年齢が退行していた。この激戦の最中、仲間を少しでも多く生き残らせるため≪時空≫の力を連続で行使したからだ。今の彼女は三歳前後。
【これ以上頑張ったら、胎児になるか消滅してしまうんじゃないの?】
「なに、まだまだ若い者だけにやらせはしないわ」
その小さな体を青白い霊力の光が包み込む。霊術とは便利なもの。肉体がどれだけ幼くなろうが、老いさらばえようが、脳さえ無事なら戦える。
ドロシーは哀れむように眉根を寄せ、薄笑いを浮かべた。右腕を高く持ち上げ、そして振り下ろす。
【年寄りの冷や水でしょ。肩を叩いてあげるから、ゆっくり休みなさい】
凄まじい光景。とてつもなく巨大な腕が、拳が、風を唸らせ迫り来る。避けたとしても大地が砕け、余波だけで人間など簡単に引き裂かれよう。
生存者達は一斉に腕を掲げた。障壁を多重展開して攻撃を受け止めるつもりだ。
しかしそれより早く、別の腕が突き上げられる。
【へえっ?】
大地が罅割れ、クレーターが生じた。けれど想定していたほどの破壊ではない。何かに拳を受け止められた。
それはアサヒ。
否、赤い巨竜の右腕。
「なんとか交代はできたぞ。アサヒもすぐに目覚めるだろう」
「そう、だったらまずはアンタからかましてやりなさい。積もる恨みがあるんでしょ?」
「そう、させて──もらおうっ!!』
アサヒの肉体が変形し、どんどん大きくなる。渦が生じ、その渦に東京を取り巻く雲が吸い寄せられていった。吸い込んだ量に応じてさらに身体は膨れ上がり、赤い鱗が全身を覆い尽くす。
『ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』
大気を揺るがす怒りの咆哮。かつて福島でアサヒと戦った時と同等のサイズにまで巨大化した彼は両手でドロシーの拳を押し返し、口から火球を吐き出した。
爆発が連続して起こり、弾き返される左手。ドロシーの赤い唇がその名を紡ぐ。
【アハハ! 出たわね、シルバーホーン!】
『その名で呼ぶな』
同じく人間がつけた名でも、不快な名とそうでない名があるものだ。
『我は、ライオだ!』
彼は角から、最大級の雷を放った。
「来ます班長!」
ライオがドロシーに立ち向かって行く傍ら、残存戦力にも数え切れない記憶災害の獣が迫りつつあった。太刀を構えながら報告する小波。
「わかってる。アンタ達、DAシリーズを脱ぐんじゃない。脱いだやつは再装着……ああ、もういい! 時間がかかるからやっぱいいわ、いくわよ!」
「オイ、何をする気だ? もうカートリッジの残りは──」
マーカス達が訝った次の瞬間、朱璃の背中から大量の霊力糸が放出された。霊力を認識できる術士達だけがそれに気付き瞠目する。
「貴女、まさか」
月華には朱璃の思惑がわかった。即席で組み立てたのか、あるいはすでに考えてあったものか、糸の先がそれぞれDAシリーズの空っぽになったカートリッジへ入り込み、中で全く新しい術を展開する。
途端、沈黙していたパワーアシスト機能が息を吹き返した。
「なっ……なっ!?」
それどころか、肉体の損傷を魔素で埋め合わせた時のように破壊された部分が元通りになっていく。脱落したパーツまでが再生し、すでに脱ぎ捨ててしまっていた者達も全体を再構築したそれで身を包まれる。
DAシリーズだけでなく、MWシリーズも復活した。全員が肉体・装備共に万全な状態を取り戻す。
「全部アタシが造ったもんよ。設計図の隅から隅まで、使われてる素材の一つ一つに至るまでこの頭の中に入ってるの」
だったら魔素を使って再現できるのは当然だと、まったく当然に思えないことをさらりと言ってのける朱璃。
敵群はすでに目と鼻の先。けれどDAシリーズが復活したことで全員がこれからすべきことを理解していた。あれらを迎え撃つ必要など無い。揃って頭上を見上げる。
「雑魚なんて無視! アタシらの狙いは、あくまであのババアよ!」
「了解!」
「行くぞッ!!」
カトリーヌが先駆けた。彼女達術士が飛翔術で先行する。後を追って北日本の兵士達も空中に展開した障壁を蹴り、跳躍を繰り返して天空の戦場を目指す。
そこへイナゴの群れがけたたましい羽音を唸らせ襲いかかって来た。イナゴと言っても一匹一匹が大の大人ほどもある怪虫の群れ。
「チッ、数が多い!」
障壁で体当たりを防ぎ、切り払う術士達。そんな彼女達を追い越した兵士達の手の中でMWシリーズが火を噴く。文字通りの火炎放射で焼き払う。
「ここは我々が!」
「先にお進みください、殿下!」
「任せた!」
適材適所だ。兵士達がこじ開けてくれた突破口へ飛び込み、さらに上昇を続ける。視線の先では翼を広げたライオがドロシーの繰り出す攻撃を回避しつつ火球や雷撃で断続的にやり返し、あの怪物の意識を散らしてくれていた。
【やるじゃない!】
巨大になった分、小回りは効かない。スピードでライオに後れを取り、対処に手間取るドロシー。流石は王として数多のドラゴンの頂点に立った雄。アサヒの直情的な動きとは逆に駆け引きというものを心得ている。こちらの腹を探り、動きに緩急をつけ、容易には決め手を打たせてくれない。
それでいて獣らしい予測しにくい行動へ出ることもある。指に噛みつかれ、振り解いた瞬間、尾でなおもしがみつき、爪を振るう。浅く手の甲を裂かれ、そこから噴出した魔素を手の平ですくい、まるで水飛沫のように顔に叩きつけてきた。
【くっ!?】
『動きが鈍いな! 本体を晒したのは失敗だったのではないか!』
安い挑発。生憎、そんなものに乗ってやるほど若くはない。
だが面倒な相手なのはたしか。ここに朱璃達まで加わったなら万が一の事態もありうる。ドロシーは、とっておきの切り札を投入することに決めた。
【朱璃、今は忙しいのよ。この子達と遊んでてちょうだい!】
抜け殻の杖を使い、東京を取り巻く魔素の壁に干渉して膨大な数の飛竜を生み出す彼女。さらに強大な障壁を展開して朱璃達の進路を塞ぎ、足止めをすると、同時に飛竜達の合間からシルバーホーン級の“巨竜”を四体出現させた。
「な、なんだありゃ!?」
「人!?」
そう、全て人型。集積した魔素の大半を注ぎ込んで再現した異世界の神々。全員が黒い甲冑で身を包んでおり、剣、槍、槌、弓をそれぞれ手にしている。何故かはわからないが彗星の欠片を媒介にした場合のみ再現され、強引に制御下に置くことができる特別な個体。その強さもまたシルバーホーンに匹敵する。
記憶災害の例に漏れず、あれらも一〇分間で消滅してしまう。だが一〇分あれば十分だ。たかが人間など容易く捻り潰せよう。
「ヒギュアッ!!」
先駆けて数万の飛竜の群れが朱璃達へ襲いかかった。あれらは足止め。数の暴力で動きを封じるだけの使い捨ての駒。
「邪魔よ!」
伊東 陽の抜け殻から力を借り、魔素障壁で仲間達を守る朱璃。たしかに凄まじい防御能力だが、いつまで経っても敵の突進が止む気配は無い。数の暴力の前に再び防戦一方に追い込まれる。
そうこうするうち、最も近くから出現した巨神が剣を振り被った。刀身に赤い光が集束していく。あれは陽の力を使っても防げない。
「回避!」
避けようとした朱璃達の周囲を、今度は緑の光が包み込む。途端に金縛りに遭って体が動かなくなった。目を見開く月華。
「まずい、これは≪均衡≫──こいつら、異世界の≪
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