四十八章 トリクル・トリクル

紫色の地面、

赤く染った空、

目の前には広がる森。

久しぶりにドリームワンダーワールドの土地を踏む。

ユアは思わず浮かない顔で溜息を零した。

結局、あの後倒れていた先輩見つけた葵と之彦は、葵の指示で、すぐさま先生を呼んだ。その後、保健室の扉の前で、君の願いを叶えるのはまた今度になりそうだと申し訳なさそうに葵に謝られた。

別に、そこまでユアは願いが叶うということに、期待はしていない。

それに、そんなに早く願いが叶うとはユアも思っていなかった。

けれど、やはりちょっと心の奥底にぽかり、と穴が空いたというか、期待を裏切られたといか、そんな寂しい気持ちになってしまったのも確かだ。

隣に居る己の相棒、シモンを見つめる。

願いが叶った彼女は悩みなんて初めからなかったみたいに、とても生き生きとしていて、希望に満ち溢れていた。

「イイナァ……」

そんな彼女の姿に思わず声が零れる。

シモンがユアの方を見た。

「どうたんだい、ユア」

こてん、と首を傾げるシモン。栗色の美味しそうなつぶらな瞳がこちらを見つめる。ふるり、とユアは首を横に振る。

「ベツニ……ア、ネ、シモン。ヒトツ、オモッタ、ネガイ、カナウ、ドンナカンジ?」

ちょっとした出来心で思わず問い掛けた。

その言葉に少しキョトンとして理解すれば、ふふ、とシモンが手を口許に当てて笑う。

そしてその場でくるり、と一回りすれば満面の笑みを浮かべた。

「幸せ、だよ」

瞳を細めてほんのりと頬を赤らめるシモン。

嗚呼、彼女は本当に幸せなんだな。

ちょっと羨ましくなった。それと同時に何故か分からないけれど、寂しさがユアを襲う。

「ネガイ、カナッテモ、シモン……ワタシ、ステナイ……?」

声が口から零れた。もしかしたら今の言葉が己の本音なのかもしれない。

そう、ユアは悟る。

その言葉に瞳を思わず開いて、黙るシモン。

引かれたかな、どうしよう。

ユアは訂正しようと手を振ろうとする。

その途端、シモンがわしゃわしゃ、とユアの頭を撫で回した。

わ、と思わず声が漏れる。

シモンは少し怒ったような、真剣な声でユアに語りかけた。

「ったり前だ。捨ててたまるか。ユア、良く聞け、ボクはそう簡単に、君を、大切な人を手放したりしないんだからね」

手を振ろうとして行き場の失くした手をシモンが取れば、ユアをこちらへと引き寄せて抱きしめる。

「確かに、願いが叶って、嬉しかったのは事実だ。でも、ボクは何があっても、ずっとユアの横に立つ。魔法少女をユアの許可なくやめたりなんて絶対にしない。魔法少女じゃなくなる時はユアと一緒に、だ。

絶対に

絶対に約束するよ」

だから、安心して?

そう言うと優しくユアの背中を叩いた。

ユアの頬から安堵のせいか一筋の雫が零れ落ちる。

「アリガトウ、シモン」

ドリームワンダーワールドの空はまるで夕焼けのように優しい赤へと彩られていく。

ユアは強くシモンを抱き締め返した。

もし、願いが叶わなくても、シモンがいれば十分幸せなのかもしれない。

そう、ユアは心の中で小さく呟く。

あの時から、シモンが願いが叶った時からずっと、心の奥底のこびりついていたわだかまりが洗い流された。

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