第12話 生徒会への誘い

「あ~、今日もおいしいものが食べれて幸せ~」


 食後、先輩は心底満足したように脱力し、机の上に突っ伏した。つやのあるショートヘアがさらりと揺れる。


「俺も、いつもおいしそうに食べてもらえて嬉しいですよ」


 少し照れ臭かったけど、さらりと本音を伝えておく。ウマそうに食べてくれるのは母ちゃんも同じだけど、先輩は別格の別格の別格だ。

 先輩はふふ、と笑ったあと、ほぅっと息を吐きだして、しみじみした様子で言った。


「ゴウくんって、ほんとすごい。尊敬しちゃうな」

「そ、そんな、俺なんて……趣味みたいなもんだし……。本格的に料理してる人らと比べたら足元にも……」


 ぶんぶんと頭を振りながらもごもごと答えると、先輩はやや不服そうに俺を見た。


「もう、もっと自信を持ってよ。間違いなくおいしいんだから。それに、毎朝自分でお弁当を作ってること自体、すっごく偉いよ。誰にでも簡単にできることじゃないよ。でしょ?」


 と、ひとしきりまくし立てたあと、にっこりと笑って、


「だから、改めてきちんとお礼をするね。ゴウくんの料理スキルに敬意を表して」


 そんな晴れやかな笑顔を向けられたら、俺はもうなんの反論も謙遜もできない。「は、はい」と答えてから、なんとなしに上を向くしかなかった。


「とりあえず、今日のお礼ね」


 先輩が俺の前に差し出してきたのは、個別包装のチョコチップクッキー二枚だった。小腹が空いたときのため、こういう菓子があるとありがたい。

 一瞬、食わずに保管しておこうかな、なんてバカなことを考えてしまった。食べ物を粗末にするのはダメだな。きちんと腹の中に収めなければ……。


「ところでゴウくん、生徒会に入らない?」


 出し抜けにそんなことを言われ、俺は「へっ」と間抜けな声をあげて隣の先輩を見た。先輩は頬杖をつきながらも、しっかりと俺を正視していて、ばっちり目が合う。思わず息を飲むほど、真剣な眼差まなざしだった。


「あー、ええと……」


 俺は戸惑い、視線をさまよわせる。


 生徒会に入る、か。 

 正直言えば、それも悪くないと思う。クラスでぼっちになっているうえ、部活動にも入る気のない俺にとっては良いこと尽くめだろう。生徒会というコミュニティで、新たな知己ちきを得ることができるのだから。


 でも生徒会って、俺のがらじゃないんだよな。生徒の代表として働くんだろ? 目立つのは嫌だな。


 それに、先輩がどれほど強く俺の加入を望んでくれたとしても、三年生である先輩の任期は九月までだ。

 泣いても笑っても、先輩とはそこでお別れ。俺は先輩不在の生徒会で頑張らなければならない。それはちょっとつまらないな。


「急に言われても困るよね、ごめんね!」


 苦悩する俺に対し、先輩は両手を合わせ、本当に申し訳なさそうに謝罪した。


「いえ……。会長として役員を勧誘するのは当然でしょうし、大丈夫ですよ。こっちこそ、いつもお世話になってるのに、すぐに了承できなくてすみません」


 俺も恐縮しながら頭を下げると、先輩は眉尻を下げ、困ったように笑う。その表情を見た俺は、はたと気付いたことを口にしていた。


「先輩は、俺を生徒会に入れたくて、昼飯に誘ってくれてたんですよね?」


 おそらくそういう魂胆があったんだろうな。納得はできるが、少しばかりショックだ。そして、生徒会に入る気のない俺は、もはや用済みなのかも……。


「ううん、それはないよ」


 先輩はきっぱりとそう答えた。嘘の色はないようだったので、俺は胸を撫で下ろす。


「ただ、ゴウくんみたいなしっかりした男子だったら、生徒会役員も務まるかな、ってふと思っただけ。魔が差した、ってやつ?」


 と、先輩は苦笑しながら肩をすくめた。俺はよくわからないまま、「そうですか」とだけ答える。

 魔が差して生徒会に勧誘した、って変なの。この言葉って、悪い意味にしか使わないよな?


「……ええと、いい返事はできないかもしれませんが、考えておきます」

「ありがとう。でも、もう勧誘したりしないから、安心して。だから、嫌がらずに明日からも来てね!」


 先輩の物言いは、なんだか必死に取り繕うかのようで、俺は無性に不安をかき立てられた。

 生徒会に入って欲しいのか、そうでもないのか。先輩の本音はどっちだろう。

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