第九章第4話 精霊神

「……ちゃん。フィーネちゃん」


 どこかからか、私を呼ぶとても優しい声が聞こえる。


「フィーネちゃん」


 あれ? 私をこんな風に呼ぶ知り合いなんていたっけ?


「フィーネちゃん」

「ううん……」


 何度も呼ばれた私は目を開けた。このまま眠っていたい気分ではあるが、ずっとこうして名前を呼ばれ続けているとさすがに落ち着いて寝られそうもない。


 仕方なく目を開けるとなぜか私は立っていた。しかもそこは見渡す限り雲が続いている何も無い場所だ。


 ええと? 一体ここはどこ?


「目を覚ましましたね。フィーネちゃん」


 先ほどと同じ声が聞こえて振り向くと、そこにいた人物を見て私の目は点になった。


 それから夢ではないかと目をこすってからもう一度見てみたが、やはり夢ではなかったらしい。


 なんと! そこにいたのは私の可愛いリーチェなのだ。


 リーチェなのだが……普段は小さな精霊のリーチェが私と同じくらいの大きさになっているのだ。


「……ええと、リーチェ。ずいぶんと大きくなりましたね」


 しかし大人になったリーチェはニッコリと笑うと首を横に振った。


「ごめんなさい。フィーネちゃん。私はあなたの知っているリーチェちゃんじゃないの」


 ええと? 別人と言い張るには余りにもリーチェに似すぎているのではないだろうか?


「この姿はあなたの契約精霊であるリーチェちゃんの姿を借りているだけ」

「借りている?」

「私はこの世界に姿を持たない精霊の神なの。だから、あなたにもっとも近い眷属の姿を借りているのよ」

「神様、なんですか?」

「ええ。そうよ。フィーネちゃん。今日はあなたにとても大切なお話があってここに呼びました」

「話ですか?」

「はい。といっても、あなたを呼んだのは私ではなく別の子なのだけれど、あなたがリーチェちゃんと契約していてくれたおかげでここに連れてくることができたのです」

「はぁ」


 ええと? 私、もしかして神様に拉致されたところをさらに別の神様が横から拉致したってこと?


「ふふっ。そうとも言いますね」


 あ、考えていることが読まれてる?


「ええ。ここは私の神域ですからね」

「す、すみません」

「いいえ。構いませんよ」


 そう言って精霊神様はにっこりと微笑んだ。


 あれ? 呼び方はこれでいいのかな?


「ええ。構いませんよ」

「あ、はい」

「さて、時間がありませんので単刀直入に言いましょう。フィーネちゃん。人の神の信徒をやめ、精霊の神である私の信徒になりませんか?」

「え? 私、そもそも人の神様の信者になった覚えはありませんよ?」


 私はあまりに予想外のことを言われたので、ついそのまま思ったことを口に出してしまった。


 あ、もしかしてこれって失礼だったりするのかな?


「いいえ。失礼ではありませんし、あなたの考えてるような意味ではありません。転職をするときの担当神を私に変更しませんか、と提案しているのです」


 ええと? 話がよく分からないけど、それをすると何の意味があるの?


「転職をしようと祈りを捧げた際に職を授ける神が変更になるのです。たとえば、水属性魔術師になりたいとあなたが願ったにもかかわらず司祭になる、といったことは起こらなくなりますよ」

「え? ええと……」


 それから少し考えてあの時のことだと思い出した。


 なるほど。やっぱりあれは教皇様が失敗したんじゃなくて神様の嫌がらせだったのか。 


「あの子にはあの子なりの考えがあったのでしょう。ですがいくら未熟とはいえ本来は神のすべき行いではありません。そこで、精霊と繋がりのあるフィーネちゃんの担当をこの私が引き受けよう、というわけです」


 うーん? これは別に悪い話ではなさそうな気がするし、何よりうちの可愛いリーチェの神様というならそんな嫌がらせをするような神様よりもよっぽど信頼できる気がする。


 うん。そうだ。リーチェの神様ならば良い神様に決まっているよね。


 よし!


「分かりました。私、精霊神様の信徒になります」

「それでは、フィーネ・アルジェンタータ。あなたに私の加護を与えましょう」


 精霊神様がそう言うと私の体が淡い光に包まれた。


 うん。なんだか暖かくてすごく心地いい。


「あの、それで私は何をすれば?」

「自由にして構いません。ですが、一つだけ。あなたには聖女の職についてもらうことになります」


 あ……ということはやっぱり……。


「ええ。聖女候補はあなた一人となってしまいました。ユーグ・ド・エルネソスの死によって残念ながらシャルロット・ドゥ・ガティルエが資格を失いましたから」

「ということは、クリスさんたちは無事なんですね?」

「ええ。あなたの大切な仲間は全員、無事ですよ」


 ああ、良かった。うん。本当に良かった。


 何だか安心したところで急に先ほど言われた言葉が気になってきた。


「あの。もしかして、私が本当に聖女役をやるんですか?」

「……聖女役ではなく、聖女になるのですよ」

「はぁ」


 聖女様をやれ、と言われてもまるで実感がない。今までもなんちゃって聖女様をやってはいたが、特別なことをしていたつもりはない。


 精々、いろんな国に行くと歓迎してくれて嬉しいくらいなものだったわけだが……。


「ええ。それで良いのです。聖女の職業はあなたを縛るものではありませんし、何かをなさなければならないというものでもありません。あなたはあなたらしく、自由に生きればよいのです」

「はぁ」


 いまいちよく分からないけど、そんなものだろうか?


 でももしそうなら、またみんなで旅をして回るのも良いかもしれない。


「フィーネちゃん。あなたはこれからあなたを呼んだ神の元へと向かうことになります。ですが、そこで何を言われたとしてもあなたはその命令に従う必要はありません。ただ、一つだけお願いがあります」

「何でしょうか?」

「もし【雷撃】のスキルを返して欲しい、と言われたならば返してあげて欲しいのです」

「はぁ」

「【雷撃】のスキルは勇者のスキル。唯一無二なのです。魔王が誕生しようとしているこの状況においても勇者が現れないのは聖女候補であるあなたが【雷撃】のスキルを保持しているからでもあるのです」

「えっ? あ、すみません」


 なんと! そんなことがあったなんて!


「いいえ。知らなかったことでしょうから気にする必要はありませんよ」


 そうは言われても何だか悪いことをした気になってくる。他のスキルも返したほうが良かったりするんだろうか?


「フィーネちゃん。あなたの持つスキルは全てあなたのものです。そもそも、【雷撃】のスキルを返せ、などという要求自体がおかしな話なのです。ですが、【雷撃】だけは本当に代えの効かないスキルなのですから……」

「はぁ」

「それに、あなたの持っているスキルは【成長限界突破】を除いて全てあなたの役に立つものばかりですよ」


 うーん、そうなのだろうか?


 いや、でも精霊神様がそう言うのならそうなのかもしれない。


 っていうか、やっぱり【成長限界突破】って何の役にも立っていなかったのか。


 これだけレベルが上がりづらい状況なので、薄々は感じてはいたけれど。


「それと、フィーネちゃん」

「はい」

「あなたの大切なリーチェちゃんをしっかりと育ててあげてくださいね」

「もちろんです! リーチェは私の家族ですから」

「あなたがもしリーチェちゃんをしっかり育て上げたいのでしたら【魔力操作】のスキルを磨くことです」

「え? でも職業が合っていないとスキルレベルは上がらないんじゃ――」


 そのやり方を質問しようとしたのだが、その言葉は精霊神様に遮られてしまった。


「ああ、もう時間のようですね。フィーネちゃん。もし私に会いたくなったのなら精霊の島にいらっしゃい。そこであればゆっくりとお話することもできるでしょう。それでは、あなたの未来に幸あらんことを」


 精霊神様がそう言うと私の目の前は急激に真っ白になったのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る