Rooftop

 ♡ ♡ ♡



 「来ると思ったわ」


 放課後に茉莉が生徒会室を訪れると、生徒会長の四月一日絢愛は既に生徒会長の椅子に腰掛けて優雅に紅茶を飲んでいた。思えばこの生徒会長はいつでも真っ先に生徒会長に来ているような気がする。


 「……会長さんっ」


 走ってきた茉莉が肩で息をしながら口を開くと、絢愛は手を振って制した。


 「わかってるわかってる。皆まで言うな。今日のづきちゃんとれいちゃんの様子見てたら何が起きたのか大体わかるよ」

 「えっ、そうなんですか?」

 「うんうん、まあ落ち着いて。座ったら? 紅茶飲む?」

 「……いいえ、結構です」


 茉莉が自分の席に腰を下ろすと、絢愛はもう一度ティーカップを口元に運び、しばらく香りを楽しんでから紅茶を口に含んだ。

 なんとなく今話しかけてはいけないような雰囲気を感じたので、茉莉がその場で待っていると、やがて絢愛はカチャンと小さな音を立ててティーカップを皿の上に置いた。そして茉莉の目を真っ直ぐ見つめてくる。


 一拍置いたからか、茉莉の気持ちはだいぶ落ち着いており、改めて絢愛の人心掌握術に下を巻いたところで、今度は絢愛が口を開いた。


 「人間って不思議なものね。一人一人考え方や感じ方が違うのに、誰か他の人を好きになってしまうのだから……」

 「……?」


 茉莉は絢愛の言わんとしていることがなんとなく分かるようで、イマイチ真意は掴めずにいた。


 「考え方や感じ方が違う人同士が一緒にいたら、少なからずストレスが溜まっちゃう。──でも一緒にいたくなるのは何故かしら……?」

 「それは……」


 何故だろう?

 茉莉はすぐに答えを返せずにいた。茉莉だって羚衣優のことが好きだ。一緒にいたいと思っている。だけれど、メンヘラである彼女と一緒にいると恐ろしく疲れる。気を遣ってばかりいなければいけないので、どうしてそこまで彼女に執着するのかと問われるとどうしてだろうと疑問符が浮かんでしまう。


 もちろん彼女の見た目が優れているからとか、何か放っておけない雰囲気だからだとか、そういう理由はあるのだが、本当にそれだけなのだろうか? もっと茉莉に合うパートナーがいるのではないか? ……いや、恐らくいるだろう。それは男女問わず、もっと茉莉を幸せにしてくれる人間はこの世の中にごまんといるはずだ。


 「……わからないです」

 「わからない?」


 絢愛が茉莉の顔をのぞきこんでくる。が、茉莉は首を横に振るしかなかった。


 「わからない……ほんとにわからないんです。なんであたし、羚衣優せんぱいのことが好きなんだろう……」


 自分を殺して、ひたすら彼女の機嫌をとって、それでもなお少しでも凹むと羚衣優は荒れてしまう。羚衣優を完全に満足させることは自分には不可能だと──もうこれ以上付き合いきれないと、こころのどこかで茉莉は悟っていた。



 ──潮時なのかもしれない。



 茉莉はそう思った。


 「はぁ……やっぱりあたしに羚衣優せんぱいは──」

 「──ぺしっ!」


 俯いた額に衝撃を受け、茉莉は呆気に取られた。顔を上げると目の前には絢愛の白い指が伸びており、反射的に自分がデコピンをされたということに気づいた。


 「会長さん……?」

 「なーに自己完結しようとしてるの? づきちゃんのれいちゃんに対する想いはその程度だったってわけ?」

 「──そう、なのかも……? 考えてみたらあたし、羚衣優せんぱいと付き合おうと思ったのも『なんか気になる先輩がいるなー』って近寄ってみたら放っておけなくなっただけなので……」

 「はぁ……これは重症ね……」


 絢愛はお手上げとばかりに大袈裟に手をひらひらさせながら肩を竦めた。


 「やっぱりあたし、せんぱいのことは諦めます。もう、終わりにします」

 「そういうこと言わせるために問いかけたんじゃないんだけど……まあづきちゃんがそういう結論出したのなら私からはもういうことはないかな……」



 茉莉は何も言わずに生徒会室を後にした。今はとにかく一人になりたかった。

 辿り着いたのは屋上だった。校舎の屋上は立ち入りは禁止されているが、屋上へ続く扉の建付けが悪く、容易く侵入できる。

 優等生の茉莉は普段なら絶対に訪れないような場所だった。


 幸い屋上へ続く扉を開けると、そこには先客はおらず、望みどおり一人になれそうだった。が、誰もいないのはそれはそれで寂しさを感じてしまう。茉莉は基本的に皆とわいわい騒いだり、好きな人と二人きりでロマンチックな時間を楽しむのが好きで、一人の時間はあまり得意ではなかった。


 「……はぁ」


 らしくもなくため息をつきながら、茉莉はフェンスにもたれかかってなんとなく下を見下ろした。下界では生徒たちが今日も忙しなく動き回っている。それを見ていたら少しだけ寂しさが紛れた。


 「なにやってんだろあたし……会長さん、失望したよね……」


 絢愛の前でああ言ったものの、茉莉はいまだに結論が出せずにいた。かといってこのまま悩み続けていたら心が壊れてしまうような気もしていた。


 「うじうじ悩むなんてあたしらしくないぞーっ! ポジティブポジティブ!」


 頬を両手でパンパンと叩く。だが、そんなことで何かいいアイデアが思い浮かぶわけもなく、茉莉の顔はすぐさま曇ってしまった。


 「部屋に戻る気にもならないし、生徒会に行く気にもならないしなぁ……」


 というより、気まずくて羚衣優と顔を合わせたくない。それは多分向こうもそうだろう。

 茉莉は赤く色づき始めた空をなんとなく眺めていた。



 「へぇ、サボり? 意外と不真面目なのね副会長さん?」


 ふと扉の方に視線を向けると、扉の前に長身でショートカットの少女が立っていた。身につけている制服は高等部のもの、つまりは先輩だ。


(──全く気配に気づかなかった……)


 少し驚きながらも、茉莉は少女に向き直った。


 「先生に告げ口するつもりですか? そしたらあなたも咎められますけど……?」

 「んなわけないでしょ? 私も休憩しに来たのよ」


 そう言うと、少女は茉莉の隣にしゃがみこみ、スカートのポケットから何やら小さなはこのようなものを取りだした。その正体に気づいた茉莉は息を飲んだ。

 彼女が取り出したのは煙草──明らかに校則違反だ。


(この人、なんのつもりだろう? あたしが告げ口したら間違いなく退学になるのに……)


 煙草にライターで火をつけて吸う先輩。そのなんとも言えない匂いに茉莉は眉をしかめた。が、茉莉はこのことを先生に告げ口するつもりはさらさらなかった。ルールを破っているのは茉莉も同じなのだから。


 「カノジョが嫌がるからやめてたんだけどね……嫌なことがあるとどうしても逃げてしまうのよね。……あんたも吸う?」

 「い、いえ、結構です」


 茉莉が慌てて首を振ると、先輩は「そ」と一言呟いてまた煙草をスパスパとやり始めた。

 しばし気まずい沈黙が続いたが、それを破ったのは先輩だった。


 「で? なに悩んでんのよ副会長さんは?」

 「あなたには関係ないでしょう? そもそも誰なんですかあなたは……」

 「それが、大アリなのよねぇ……」


 先輩は短くなった煙草を地面に押し付けて火を消すと、携帯用の灰皿に放り込む。


 「私は小坂琉優子。──神乃羚衣優の元カノ……って言った方がわかりやすいかしら?」

 「──あなたが……!」

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