第114話翼と涼子、心春の銀座歩き(1)
帝国ホテルから銀座に歩きながら、会話は心春の母涼子と翼ばかりになる。
涼子
「ウキウキします、お洒落で、さすが銀座で」
翼
「国際都市ですね、いろんな人が歩いています」
「しかも、顔がやわらいでいる」
涼子
「やわらいでいるとは?」
翼
「ニューヨークとかは、緊張感もあります」
「表通りは比較的きれい、しかし、一歩裏道に入ると、危険」
「ローマもフィレンツェも、ナポリもスリが多い」
「日本は犯罪が少ないから、安心して歩けるとか」
涼子は頷いて、いろんな店を見る。
「あのケーキも美味しそうで」
「あそこに、お蕎麦の名店が」
翼
「豚カツとか洋食の元祖の店もあります」
「昔ながらの味で、出しています」
涼子は、有名な時計を見上げた。
「懐かしいなあ、この時計」
「銀座四丁目って思い出すだけで、心がウキウキとしますもの」
翼
「それは、御主人とのデートで?」
涼子は、顔を赤くする。
「その通り、ここで待ち合わせが楽しくて」
心春は、全く話に加われない。
それよりも、翼の「合わせ上手」に感心している。
「老若男女関係なしに、さすが接客業だ」
銀座四丁目の交差点を右折する手前で、翼は立ち止まった。
「東銀座の向かいに、岩手県物産店と言いましょうか、アンテナショップがあります」
「それ以外にも、銀座界隈には、日本各地の物産店があります」
「確か石川県も、銀座二丁目の付近に、いしかわ百万石物語という店名で」
涼子は、本当にうれしそうな顔。
「さすがです、翼坊ちゃま、何でも知っていて」
「うれしくて、ドキドキします」
返す刀で、心春を見る。
「あなた、知らないでしょ?どこにあるのか」
心春は、顔を真っ赤に、むくれた。
「知らない、聞いとらん」
「まだ、東京は不慣れや」
「電車も、よう乗れん」
翼は、そんな心春をフォローする。
「慣れるまで、大変です」
「カルチャーショックの連続」
「できる範囲で、助けます」
「でも、すぐに慣れます、心配いりません」
翼は、話題を変えた。
「子供の頃、祖父母に連れられて」
「夏だったかな、虎屋の二階の喫茶で、抹茶のかき氷」
涼子の顔が、やさしくなる。
「そうですね、やさしい先々代でした」
「本当に、丁寧に仕事の基本を教わりました」
翼は四月の青空を見上げた。
「それが美味しくてね、まだ舌の記憶に残っています」
「祖父母の笑顔まで、一緒に思い出します」
「ただ、食べて飲んで美味しい、だけではないんです」
「その時の笑顔も、また美味しいんです」
翼の思いがけない言葉に、涼子と心春は、瞳を潤ませている。
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