第39話翼の鎌倉散歩(1)

翼は午前8時半頃に高井戸から井の頭線に乗り渋谷まで、渋谷からは湘南新宿ラインで武蔵小杉まで、武蔵小杉からは横須賀線で午前10時頃に、鎌倉駅に到着した。


案の定、渋谷付近で翔子からスマホにメッセージがあった。

「翼ちゃん、今日はいる?」だったので「いません、所要があって出かけます、帰り時間もわかりません、連絡は明日以降に」と返信、それで安心する。


鎌倉駅で降りて、ブラブラと海に向かって散歩をはじめた。


「この一人歩きの何と気楽なことか」

「この海からの風のすがすがしさも、いい感じ」

「空を見上げれば春特有の、ふんわり雲」

「桜もゆっくり愛でられるし」


都内と違って、人があまり歩いていないことも、心を癒す。

「プチ旅行感があるな」

「異邦人感覚かな、同じ日本だけれど」


途中で珈琲を買って、口に含みながら歩く。

「実家の味見だと、厳しいことも言ったけれど」

「言い過ぎたかな、相手は真っ青だったし」

「後で喜ばれたけれど、言う時は、心は鬼」

「胃が痛くなった、やり直しを作って来るまで」

「チェーン店の珈琲だから、期待し過ぎない、その必要もない」


由比ヶ浜が見えて来た。

波の音が気持ちがいい。

風も、ほとんどない。

人も、チラホラとだけなので、のんびり感に満ちている。


由比ヶ浜の砂浜を歩く。

「穏やかな海だな、高い波もなく」

「生き返る感じがある」

「あれが江ノ島かな」


江ノ島を見たら、魚料理が食べたくなった。

ようやく胃が復活したようだ。


「刺身は必須かなあ、シラス丼とか、海鮮丼・・・鎌倉丼も食べたい」

「普通の定食屋で十分。おしゃれ感はいらない」

「昔ながらの職人みたいな料理人が作っている店」

「ついでに弁天様にも、お参りしないと」

「あ・・・ついでは怒られるか、まず弁天様に感謝して、それから食事だ」


そんなことで、翼は由比ガ浜から出て、たまたま来たタクシーに乗る。

「運転手さん、おすすめの魚料理のお店は?」

「それも、値段ではなくて、味で勝負の店」

「地元の人が通う店で、地味目でも構いません」


運転手は、うれしそうに何軒か料理店を言う。

「そうだねえ、あまり観光客向けでないほうがいいね」

「俺らとか、地元の人が通う店だよね」

「いいな、そういう選び方、実質本位」

「俺もそうだよ、たまに旅行に行くとさ」

「タクシーの運ちゃんに聞くのさ」

「この間も京都に行ってね、すすめられたのが西陣」

「値段も手ごろ、でも味は最高、京料理の粋でね」

「しかも地方客を見下さない、おもてなしのお手本」


運転手は、話好きのようで、江ノ島に着くまで、喋りっぱなし。

「お兄さん、聞き上手だねえ、気持ちよく喋っちゃったよ」

「また使ってね、ありがとう」

「ああ、それから、タタミイワシは、この店にね」

と、メモまでくれるほどの熱心さと笑顔。


翼もこれには「ありがとうございました」と笑顔でお礼。

そして弁天様めざして歩き出す。

「タタミイワシねえ・・・」

「あぶってそのまま、チーズを乗せてチーズ煎餅みたいにして焼く、少し醤油を垂らして細かく千切って・・・ふりかけかな」

「白い炊き立てのご飯が食べたくなる」


翼は、ようやく空腹感を強めている。

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