第19話隣室の伊東心春

翼は高井戸駅で降り、スーパーマーケットで買い物。

ホームベーカリーがあるので、パンを焼こうと思う。

「強力粉、イースト菌、スキムミルク、バター・・・計量カップも」

「フランス風パンを焼く時に、薄力粉がいるかな、買う」

「砂糖と塩も買わないと・・・」

「レーズンパンも焼くかな、そうなるとレーズン」


スーパー内を歩いていると、他のものも目につく。

「牛乳とヨーグルト」

「野菜ねえ・・・レタス買おうかな・・・マヨネーズとドレッシングは柚子系」

「レモンと蜂蜜も買う、レモンは2個、レモン水用と蜂蜜漬け用に」


いろいろ買ったので、かなりな重さになった。

それでもパンを焼けば、2日ぐらいは朝ごはんが持つので安心。

「米を買ってないな」と思ったけれど、重たいから断念、そのままアパートに戻った。



やはり部屋に入ると、少し疲れを感じる。

引っ越し直後から、深夜に押し掛けられ、「レンタル彼氏」を二人もこなした。

「マジに気を遣ったけれど・・・」

「でも、2人目で慣れたのかな、それほど胃は痛くない」

ただ、真奈と美紀の「また逢いたい」など、単なる社交辞令と考えているので、気にしていない。


「それよりも」と、レモンを切って蜂蜜漬けを作り、レモン水も作る。

パンは、夜寝る前にセットすればいいかな、と思うので取りかからない。


「翔子さんに報告しないと」と思うけれど、万が一押し掛けられても面倒。

だから慎重に「美紀さんとのデート、無事に終わりました」

「今日は体調悪くないので、来なくてもいいです」とメッセージを送る。


待ちかねていたかのように、翔子から、すぐに返信。

「美紀も、メチャ感動していたよ!」

「ありがとう!無事でよかった、褒めてあげる」

「でもさ、翼ちゃん、体調悪くないと、行ってはいけないの?」


翼は、「また面倒な翔子さん」と思うけれど、懸命に理由を考える。

「どうしても今日中に読みたい本があって」

「罪と罰・・・そもそも翔子さんから借りた本」


翔子の返信は、また速い。

「わかった、あれは難行苦行だ、読み終えて感想聞かせてね!」

「じゃあ、おやすみ、明日、押し掛けるかも」


翼は、最後の「キスマークのスタンプ」は苦笑したものの、「今夜は来ない」で、本当に安心、ベッドにドカンと座り込む。


その数分後、「珈琲でも淹れるかな」と立ちあがった時だった。

チャイムが鳴った。

「誰?」と思って少し待つと、インタフォンから「昨日、隣に越して来ました伊東心春と申します、ご挨拶に」との声が聞こえて来た。


これには仕方がない、

翼もドアを開けて、ご挨拶。

「わざわざ、ご丁寧に、私は隣に住む山本翼と申します」

「私も一昨日来たばかりで」

と気がつかなかった詫びを入れる。

そして、「伊東心春さん」の顔を少し見る。

色白で小柄、お人形のような童顔、大人しそうな雰囲気。


伊東心春も、翼を見つめて来る。

「本当は昨日、お声をおかけしようと、ごめんなさい」

「今日の朝も・・・お見かけしたのですが、声をかけられず、ごめんなさい」


翼は、「見られていたのか」と慌てて首を横に振る。

「いえいえ、そんなお気遣いをなさらなくても」

「これで、ご挨拶が済みましたので」

つまり、「ご自分のお部屋にお戻りに」との、遠回しの意思表示。


しかし、伊東心春は、クスッと笑う。

「実は先ほどスーパーでお見かけしまして」

「男の子が小麦粉とか計量カップを買うのが、面白くて・・・すごいなあと」


翼は、返事に困った。

何と返していいのか、全くわからない。

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