第一話 秘密のひととき
― 王国歴1118年 秋
― サンレオナール王都
「あぁ……イイ、そこ……」
食料棚に持たれかかっている俺の前に
「イ、イクゥ……ああっ、出すぞ……」
目の前が真っ白になりそうな感覚に襲われ、帽子を被った彼女の後頭部に両手を添えた。
「ハァハァ、離すな、全部飲め……そんでもって舐めて綺麗にするんだ」
欲望を全て放出しきった俺はやっと彼女を開放してやった。彼女は俺の前に膝をついて座ったまま唇の端から
俺を見上げるその碧い瞳は俺を
「この鬼畜ヤロー、とでも言いたげな目だな」
「そんな、とんでもございませんわ。私だって若旦那さまとお手合わせしてみたかったのですもの」
最初に声をかけたのは俺だが、それに乗ってきたのはマドレーヌの方だった。そして俺をこの地下の狭い食料庫に誘い入れ積極的に行為に及んできた。
「マドレーヌ、お前のそんな挑発的なところが気に入った。お返しに今度はお前を思う存分イかせてやるよ。それからコトの最中は若旦那様じゃなくてジュリエンと呼べ」
そこで彼女は意外だというような
「あ、あぁん……ジュリエン……」
そして俺はマドレーヌの唇を塞いだまま、白いエプロンの胸当ての下に手を忍び込ませて胸をまさぐり、もう片方の手でスカートをめくって太腿の間に指を這わせた。
俺の手で何回か絶頂を迎えてぐったりと食糧庫の床に座り込んでいるマドレーヌを見下ろしながら俺は着ていた寝衣の前を整えていた。
「次回は避妊具持参で来るからさ、本番行為しような、マドレーヌ」
彼女は驚いて俺を見上げ、何かを言いそうになったがその開いた口からは何も言葉は発せられなかった。もう来るなではなく、次回が待ちきれないと言っているのが表情から読み取れた俺は満足気にその場を後にした。
俺の名前はジュリエン・クイヤール、王宮に近衛騎士として勤めている。近衛騎士と言えば聞こえがいいが、要はただ体力と筋力が資本の単純労働だ。文官や魔術師と言ったインテリには大いに引け目がある。
エリートと言われる近衛騎士も、若いうちはいいが体力が落ちてくる中年になるともう大体が使い物にならなくて、運が良ければ指導職に就けるが、大体が護衛や衛兵に成り下がるのがおちなのだ。
俺はクイヤール伯爵家の次男として生まれた。我が家は文官や医師を多く輩出している一族で、父親は国庫院所属の高級文官、兄は王宮医師なのだ。彼らの方こそ超エリートと呼ばれる人種で、要するに俺は家族の中で落ちこぼれである。
貴族学院の成績も中の上くらいだった俺は、体を動かすことが得意だったので単純に騎士になると決めた。両親に恐る恐る進路希望を告げると自分の好きな道に進むと良い、と言ってくれたが父親の表情からは落胆が読み取れた。俺の家族は面と向かっては言わないが、本当は俺にも文官として上を目指して欲しかったようなのだ。
そして俺は毎日の鍛錬を欠かすことなく、努力を重ねた。冴えない次男坊の意地だった。そして就職三年目の去年、晴れて近衛に選ばれた。俺は騎士としてとりあえず登れるところまで行くしかなかった。
家族の期待を一身に受けていないだけ、気楽と言える。長男で伯爵家の跡継ぎである兄の双肩に掛かる重圧を思うと次男で良かったと思わずにはいられない。
こんな俺は貴族の家に育ったが、割と使用人達とも気さくに話す、そんな付き合いをする方だった。優秀な兄に劣等感を抱き、やたら厳格な父親と侯爵家出身の母親に反発してのことだった。
とにかく俺は使用人全員と親しくしていた。両親の犬として超生真面目で忠実な執事以外の使用人とである。子供の頃から特に厨房にはよく入り浸っていた。俺が生まれる前から勤めている料理人のポールには日頃から世話になっている。
体を動かした後で小腹が空いた時など、俺が厨房に行くと彼は毎回ぶつくさ言いながらも、何かしら軽食やらつまむものやらを出してくれるのだ。
夜中に眠れない時にも厨房に忍び込んで勝手に茶を淹れたり牛乳を温めたりして、翌日ポールに叱られるのがパターンだった。
「坊ちゃん、夜中だからってご自分で厨房まで降りて来ずに侍女に言いつけてくだせぇっていつも言っているでしょうが!」
「何で俺が昨晩厨房に忍びこんだって分かんだよ、ポール」
「分かりますよ、他の人間は俺を恐れて何か使ったらきちんと洗って片付けますからね! 私の仕事を増やさないで下さい」
ポールはうちの料理長と言っても、厨房で働いているのは彼とその妻に下働きが一人くらいのもので、毎日我が家の食卓に上るのはポールの料理だった。奴は俺の父親くらいの歳で、恰幅が良く顔つきは
その年の秋頃だったか、毎日の食事に少しだけ変化があった。料理の盛り付け方や味付けという、ほんの些細なことだったが俺はすぐに違いが分かった。
皿の上に食用花が飾られていたり、ソースのかけ方が洒落ていたり、それに南部料理や外国料理に使われる香辛料が少しだけ効いていたり、そんなわずかな違いだった。しかし、生まれた時からポール夫妻の作るものを食べていた俺には明白だった。
その理由はある日の午後、厨房に忍び込んだ時に判明した。
「坊ちゃん、そこで何をなさっているのですか?」
「何ってつまみ食いに決まってんだろ」
「また来られたのですか。坊ちゃんが厨房にしょっちゅう出入りされていると私が執事や旦那様に
「腹が減ったんだからしょうがねぇよ」
「ですから、何か御入り用でしたら侍女に申し付け下さい」
「いやだって、裏庭で素振りの鍛錬した後は直接ここに寄る方が断然早いしー」
「昨日のクッキーに果物もございます。そういえば干し肉もありました。お部屋に戻ってからお召し上がり下さい。おい、マドレーヌ、そこに居んだろ? 例の干し肉を少し切って持ってきてくれ」
ポールが厨房の地下にある食糧庫の方へ向かって声を掛けている。
「はいっ、どのくらいお持ちしましょうか?」
マドレーヌと呼ばれた女の声が下の方から聞こえてきた。
「底なし胃袋を持つお坊ちゃんの小腹を満たすくらいの量だ」
ポールの全然具体的でない言い方にも反論することなく、すぐにそのマドレーヌとやらが厨房に小さな紙の包みを持って上がってきた。
落ち着いた低めの声の主は意外にも二十歳前後の若い娘だった。白い調理帽とエプロン姿の彼女はポールを手伝う新しい下働きなのだろう。俺に軽く会釈をするとポールにその紙包みを渡し、彼女は再び食糧庫に消えて行った。
「マドレーヌ、そこがすんだら夕食用のジャガイモ剥いて切ってくれー」
ポールは俺にクッキーを包んでくれながら再び大声で地下室のマドレーヌに叫んでいた。
「はいっ、畏まりました」
「お坊ちゃま、これだけあれば夕食まで生き延びられるでしょう」
「いや、
「牛肉の煮込みでございます」
「やった、俺の皿は肉大盛りで頼む、ポール」
「はいはい、坊ちゃんにはジャガイモ増量ということで」
最近料理の味が少し違うのは下働きのマドレーヌを新しく雇ったからなのだと、そこで俺は気付いた。それでもその時は特に彼女に興味を持ったわけではなかった。
***ひとこと***
こんな始まり方で大変申し訳ございません。さて、この新編は視点が数話ごとに入れ替わり、時系列的にも前後しながら進んでいきます。
秘密のひととき クレオメ
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