第13話 仕事仲間と飲み会with元教え子 前編
「慎太郎、僕は聞いてないぞ……」
飲み屋で俺の隣に座っている同期が、顔をひきつらせながら小声でそう言ってきた。
口角はぴくぴくとして、信じられないものを見たのか正面を何度もチラチラと見ている。
「飲もうって言っただろ?」
「それ普通にサシだと思うじゃん!? 何この状況ーっ!?!?」
「敦の常識で言われてもなぁ〜。人によって“普通”は違うし、一般論ならとか、大多数の価値観とすればって言えば適切じゃないかな」
「そんなご高説はいいからっ!!」
「もしかして、誘ったの……嫌だったか? だったら——」
「嫌じゃない! 女性がいるなんて寧ろ最高だしセッティングには感謝しているけどぉ~」
「じゃあよかったじゃないか。俺は、敦と飲めて嬉しいぞ」
「それは僕もだけど……」
頭を抱え、「女性がいるなら、もうちょっとちゃんとしたかったぁ〜っ」とテーブルに突っ伏す形で項垂れた。
いや~、相変わらずのリアクション芸人っぷり。
ほんと、見てて元気が出るなぁ。
このテンションが高めの賑やかな男は——
離職率が高いウチの会社では珍しい、生き残っている同期である。
こうやって飲むのも、ものすごく久しぶりで普段は教室に巡回する時に会話する程度だった。
敦は、俺を気にかけてくれていて何度も誘われたことがあったが、つい最近まで俺は付き合いが悪かったので……こうやって仕事後に飲むのは、何気に初めてかもしれない。
「敦よかったな。前に話した時、『合コンやりたい』って言ってたんだし、とりあえず夢が叶ったぞ」
「僕が望んだのはこうじゃないよ〜! 一人は美人でも、
「……郡山さん。女性を揶揄する発言……セクハラで本部に訴えますよ?」
「すいませんでしたっ!! それだけは勘弁してください!!!」
テーブルに頭を擦り付けて敦が謝る。
それが可笑しいのか、奏は手を叩きながら笑っていた。
『僕が望んだのじゃない』と言った敦。
彼の不満や言いたいことはよくわかる。
どの会社でも出会いというのは難しく、よくあるのが大学からの延長、社内での出会いが一般的だ。
でも、会社という空間はなんとなく気まずいことが多く、出会いが欲しいのであれば、何かの企画に飛び込むしかないのが現状である。
俺自身、経験はないが……。
敦が言うには『社会人になれば出会いがある? そんなのは幻想だ!!!』ってことらしい。
そういったことに追い討ちをかけるように、学習塾は出会いの場に向かない。
……というのはどうしても、仕事が遅くなりやすいのだ。
土日も仕事であることが多いし、合コンをするには適さない職業である。
時間とか、生活リズムとか合わないしな。
そういったことに理解ある人じゃないと、仮に合コンを開いても意味がない……敬遠されてしまう。
だから、敦は合コンをしたがっていたのだ。
まぁ見ようによっては合コンに見えるから、我慢してもらおう。
「ねぇ有賀っち〜、最初は何にするー? とりあえず“生”かな?」
注文用のタブレットを操作しながらそう言うと、さっきまで項垂れていた敦は「俺も!」と手を挙げた。
奏は次に隣に座る佐原さんに視線を移す。
佐原さんは難しい表情で「どれがいいのでしょ」とぶつぶつ呟き、それから申し訳なさそうにして口を開いた。
「わ、私はまずはウーロン茶を……」
「はーい。大口を叩いてたけどお茶なんですねっ!」
「少し……待ってください」
「うーん??」
可愛らしく小首を傾げた奏を、佐原さんはキッと睨む。
それから大きく息を吸い込み——
「雨宮さん、何を言ってるんですか? 私がいったのは”ウーロンハイ”です。聞き間違いの勝手な勘違いはやめてください。まるで私が有賀さんに醜態を晒すことを恐れて、直前で及び腰になったみたいじゃないですか。はぁ、まったく。これだから話を聞かずに判断されるのは困りますね。最近の若い人はみんなそうなんでしょうか?」
と、捲し立てるように言った。
それを見た敦が可笑しそうにテーブルをバンバン叩く。
笑われた佐原さんは顔を赤く染め、敦を睨んだ。
「……何か文句でも?」
「ハッハッハ!! そんな早口で言い訳とか、認めてるようなものじゃないか〜。それに、佐原さんもまだ若いでしょ! 僕たちとそんな変わらないし、言い返しとしてはイマイチで——」
「軟弱男は黙ってください。不快です」
「僕にだけ辛辣すぎない!?」
「あーでも、リカちゃん無理はだめっしょ。潰れちゃうよー?」
「無理していません! これは意地ですっーーにゃっ!?!?」
俺が手を伸ばし額をデコピンすると、猫みたいな声をあげた。
涙目になり、俺を責めるように見てくる。
「それを無茶だと言うんだ。あと奏、佐原さんは煽り耐性ゼロなんだから、からかうなよ」
「すいません……有賀さん」
「あはは! めんご~」
奏は屈託のない笑顔で、そう言いながら微笑みかけてくる。
そんな顔をされると、なんとなく気まずくて俺は目を逸らした。
すると、奏が悪戯を思いついた子供のようにニヤリとする。
「ねぇ有賀っち〜?」
「どうかした?」
「さっき名前で呼んでくれたけど、いいのかなーって。ほら、私との関係を疑われたくなかったんでしょ?」
「……あ」
……しまった。
でも、そう思った時はもう遅かった。
俺が恐る恐る二人を見ると、視線が俺に突き刺さるように向けられていた。
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