第六章~愛はさだめ、さだめは死~⑤

「次は、『接続された女』の話しをしても良い?」


「ええ、どうぞ」


亜莉寿は手のひらを秀明に向けて差し出し、続きをうながす。


「この短編は、物凄く気に入った! 今まで読んだSF短編の中でもトップクラスかも!」


「へ~。そうなんだ? どの辺りが有間クンの琴線に触れたの?」


「お気に入りのポイントを挙げれば、キリがないけど、一つ目は、ヴァーチャルな存在のアイドルをテーマにしているところかな? 美の化身として完全体なアイドルであるデルフィを、演じているのが、人々から目を背けられる醜い少女Pパークという設定だけで、心を鷲掴みにされてしまったわ」


「サイバーパンク小説の元祖みたいに言われてるけど、あのアイデアは、スゴいよね!」


「そうそう! で、《デルフィ=Pパーク》は、イケメンの御曹司と恋に落ちるけど、彼が愛しているのは、デルフィの外見なのか? 中身のPパークの存在なのか?っていう葛藤があって……」


「ああいう切ないお話しが、お好み?」


「う~ん、その切ない部分に惹かれたというよりは、テクノロジーを用いて、アイドルの少女の恋愛に絡めて行くアイデアの先進性っていうのかな? 今から二十年以上前に、そんなアイデアを小説化できる才能にびっくりした」


「そっか~。有間クンは、やっぱりSF好きなんだね」


「そうなるのかな……? あと、もう一つ感心したのは、未来世界では、『アイドルそのものが広告塔になっていてCMや広告が必要なくなっている』っていう設定。あれも今の時代に、JーPOPの歌手がファッションリーダーになって、みんなが服装を真似したりするところにも通じてるかな?」


「そこに、デルフィの開発元である大企業の思惑が絡んでいたりね」


「そう、それ! 広告の無い世界になっても、大企業や広告代理店みたいな存在が暗躍するって未来予測ぶりが、本当に素晴らしいなって思った」


「SFには、社会批評的な視点も必要だもんね」


「そうそう! 他にも、注目したい点はあるけど、とにかく先見の明がありすぎて、驚きの連続でした」


「お~、ベタ褒めだね~(笑)」


「今年、『攻殻機動隊』ってコミックがアニメ化されて劇場公開される予定やけど、サイバーパンク分野の先駆けみたいな作品を読むことが出来て、ホントに良かったと思うわ」


「それはそれは……そこまで気に入ってくれて、オススメした甲斐がありました!」


「うん! 教えてくれて、ありがとう。――――――それで、最後に『たった一つの冴えたやり方』について話したいけど……これは、作者自身に関わることも多いし、吉野さんに聞きたいこともあるから、その前に一息つかしてもらって良いかな?」


 秀明は、本題に入る前に……といった感じで一呼吸おき、再び語り出す。


「自分の好みの問題は置いておいて、一番ストーリーが理解しやすくて、読みやすかったのは、『たった一つの冴えたやり方』やったわ」


「そう、やっぱりね」


 予想した通り、といった表情で、亜莉寿は、手元のコーヒーグラスに視線を落とす。

 秀明は、さらに言葉を続ける。


「最初に読んだ時、『さすが、SFファンが選ぶオールタイムベスト!』と思った。主人公のコーティが一人で宇宙に出ていく準備をする時のワクワク感! これこそ、『SFを読む楽しみ!』って感じがしたし、川原由美子先生の挿し絵もあるからか、他の短編集とは違って、ジュブナイル向けのスニーカー文庫とか、富士見ファンタジア文庫の作品を読んでるみたいに楽しめた。吉野さんは、どうだった?」


「私は、最初に読んだティプトリーの作品が、『たった一つの冴えたやり方』だったんだけど……有間クンと同じように、自分も、最初は、とても楽しみながら、この物語を読み始めた記憶があるな」


 ストローでグラスの中身をかき混ぜながら、相変わらず目線を落としたままで答える亜莉寿。


「そっか……その後のコーティと異種族のシルベーンとの出会いから、ラストまで一気に読ませるストーリーテリングの上手さもスゴいと思うけど……」


 秀明が、ここまで語ると、亜莉寿も、「うん」とうなづく。


「やっぱり、この物語は、あとがきに書かれていた、ティプトリー・ジュニアいや、アリス・シェルドンの経歴を知ると、彼女の人生そのものが語られてるみたいで、胸が締めつけられる様な想いになってしまう」


「うん、そうだね」


「吉野さんは、こういう効果を期待して、あとがきを読むのを後回しにする様にアドバイスしてくれたんかな?」


 秀明は、気になっていたことの一つをたずねる。


「そうね。その方が、より彼女の作品を印象的に感じてもらえるんじゃないかって思ったから……」


 亜莉寿が、ポツリと小さな声で答える。

 その答えを受けて、


「そっか。今回も、名脚本家・吉野亜莉寿の演出に、まんまとハマッてしまいました」


 秀明は、サッパリとした表情で応じた。

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