第六章~愛はさだめ、さだめは死~④

 八月一日の午後。


 二人は、ほぼ時間通りに、珈琲屋ドリームに集合した。

 亜莉寿から借りているティプトリーの短編集四冊、早川書房のSFハンドブック一冊、購入した雑誌二冊、さらに、「自分から薦めたい本を持って行こう」と考えて、単行本一冊を加えたために、この日の秀明は、少し多めの荷物を抱えていた。


「今日は、荷物がたくさんね?」


 喫茶店内のテーブル席に座り亜莉寿が開口一番、そう口にする。


「今回の『課題図書』の読書体験では、大いに刺激を受けたから……色々と調べたいことが出来て資料が増えてしまった」


と秀明は、笑って返答する。

 二人は、いつもの様に、アイスエスプレッソマイルドのコーヒーを注文し、


「さて、何から話したら良いかな?」


と、こめかみを掻きながら秀明は自問する様に、つぶやく。


「え? そんなに話したいことが溜まっているの?」


クスクスと笑いながらたずねる亜莉寿。


「今回は、小説を読んで感じたこと、あとがきや雑誌を読んで、この作家について初めて知ったことの情報量が多すぎて、頭の中を整理するのが大変やったから」


 苦笑して秀明が答えると、亜莉寿は、ニヤリと少し口角を崩して、


「じゃあ、まずは小説の話から聞かせてもらおうかな?」


とリクエストする。


「了解しました! 全部で四〇編くらいのストーリーのうち、きっちりと内容を理解できたと言いきれるのは、半分くらいしかないけど……それでも、強く印象に残ったり、自分の好みに合う話があったわ」


「どのお話しが有間クンの印象に残ったの?」


「全部は挙げられないから、四つに絞ると、『愛はさだめ、さだめは死』『男たちの知らない女』『接続された女』『たった一つの冴えたやり方』かな?」


 秀明が答えると、タイミング良く、エスプレッソマイルドのアイスコーヒーが二つ運ばれてきた。


「じゃあ、『愛はさだめ、さだめは死』の感想から聞かせてもらおうかな?」


 テーブルに置かれたアイスコーヒーにガムシロップをまぜながら問う亜莉寿。


「うん。内容が抽象的なストーリーやから、自分の理解が正しいのか自信の無い部分もあるけど……他者を求めるオスの衝動の悲哀が感じられるというか、それが生物自体の《死》に繋がることを連想させるのが、またさらに悲しいというか……」


 秀明が語ると、フッと笑って亜莉寿が問いかける。



「詩的な内容だもんね。でも、あの内容に何か感じるモノがあるなら、もしかして、有間クンの男女観や恋愛観と何か重なるところがあるのかな?」


(うっ、相変わらず鋭い)


 秀明は感じながら、


「う~ん、具体的に、どの部分がというのは語りにくいけど、まあ、そういう面はあるのかも」


と答える。

 ニマニマと笑いながら、亜莉寿は会話を続ける。


「次は、何だっけ? 『男たちの知らない女』?」


「そう! これは、まだわかりやすかった! この短編を読んだとき、ピンクレディーの『UFO』の歌詞を思い出したんやけど、そんなことなかった?」


「わたし、あまり邦楽には詳しくはないんだけど……確か、♪それでもいいわ/近ごろわたし/地球の男に/あきたところよ/だった?」


「そうそう! しかも、確か二番の歌詞ではオレンジ色の光に包まれて、宇宙に拐われる内容やったハズで……『男たちの知らない女』の内容と重なるところがあると思うんやけど」


「そんな解釈は、初めて聞いたけど……面白い説ね! ピンクレディーがウーマンリブ運動とかフェミニズムに影響を受けているかは、わからないけど(笑)」


「オレも、作詞家の阿久悠先生が、ティプトリーの影響を受けてるとは思わへんけど……でも、どっちも比較的近い時期に発表されてるし、日本でもアメリカでも、そういう世相とか時代の気分があったのかなって思った。自分が生まれる前の時代やから、想像でしかないけどね」


 ここまで一気に語って、二人は一息つき、コーヒーをすする。

 秀明は、再び口を開き、


「オトコとしては、何となく宇宙人に地球人の女性を寝取られたみたいで居心地が悪いけど……この話しを中年男性の一人称視点で書ける才能はスゴいと思うわ。これは、当時の読者が、男性作家と思い込んでしまうのも無理ないわ(笑)」


「編集者も同業者もファンも、ほとんどの人が男性だと思ってたみたいだしね」


「『愛はさだめ、さだめは死』の序文を書いていたシルヴァーバーグさんやったっけ? 力強く『ティプトリーは、男性作家である』って断言に近い書き方してたけど、あの後の気まずさは、ハンパじゃなかったやろうな~」


「あぁ、そうね!」


「あの気持ちは、ちょっとだけわかる! 『たんぽぽ娘』の主人公にツッコミを入れたあと、目の前のヒトに、《あなたが、それを言う?》ってカウンターを打ち込まれたから」


「まあ、どちらも『自分の言動には責任を持ちましょう』という教訓を得られたのは良かったんじゃない?」


「アリス・シェルドンは優しい女性だったみたいだから、シルヴァーバーグさんは面目を保てたみたいやけどね」


「あら? 彼みたいに失態をおかしても、真摯な態度を取ることが出来れば、周りのヒトたちも認めてくれるんじゃない?」


 お互いに無言で笑みを浮かべながら、一瞬、バチッと火花が飛び掛けるが……。

 亜莉寿に挑むことが無謀あることを即座に悟った秀明は、無駄な抵抗を止める。


「確かに、男性たる者、あれぐらい潔く、過ちを認める度量が必要かな?」


「そうね。相手のアリスさんは寛大ですから」


「それは、ありがたい……」


 苦笑まじりに答えた後、少し間を置いて、秀明は切り出す。

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