第七章~恋人までの距離(ディスタンス)~①

 夏休みが明けた。

 始業式から一週間後、『シネマハウスにようこそ』も、二ヶ月ぶりの放送日を迎える。

 夏休みに入る前の最後の放送で周囲から好評価を得た秀明は、気分良く収録に臨むことができた。

 彼らが、二学期最初の放送で取り上げるのは、ヨーロッパを舞台にした恋愛映画だった。



 ♤「IBC!」

 ♢「『シネマハウスへようこそ!』」


BGM:ロバート・パーマー『Addicted to Love』


 ♤「みなさん、お久しぶりです!『シネマハウスへようこそ』館長のアリマヒデアキです」

 ♢「ビデオショップ『レンタル・アーカイブス』店長のヨシノアリスです」

 ♤「約二ヶ月ぶりの放送となる訳ですが、皆さんは、いかがお過ごしだったでしょうか?」

 ♢「みんな、思い出に残る様な過ごし方をされたんですかね?」

 ♤「そんな中、ボクは、学校の課題の他は、いつも通り、映画を観に行ったり……あと、ある作家のSF小説にハマって、夏休み中は、ずっとその作家さんのことを考えたりしてましたね」

 ♢「ずいぶん熱心に、色々と調べてたみたいだもんね~(笑)?」

 ♤「そうなんですよ! 一方、店長はこの夏休みの思い出とかあります?」

 ♢「まあ……私の方は、ノーコメントということで(微笑)」

 ♤「え~、これ以上ふれてくれるな、という笑顔で返されました。そんな訳で、今回は、夏休みに良い思い出を作れたヒトも、そうでないヒトも、『この秋は、この映画で良い思い出を作ってもらいたい!』という作品を紹介させてもらいたいと思います!」

 ♢「アリマくん、この映画にハマッてるもんね~(笑)」

 ♤「プロデューサーさんからは、『また地味な映画なん~?』と言われそうなんですけど……(笑)では、新作紹介行ってみましょう!」


BGM:デヴィッド・デクスターD『Oh la la Tequila』


 ♢「IBC『シネマハウスへようこそ』は、映画の最新情報を放送室から、お送りしています!」


 ♢「ウィークリー・ニュー・シネマ!」


BGM:エリック・セラ『Let Them Try』


 ♤「さぁ、夏と青い海を連想させる『グラン・ブルー』のジングルのあとは……」


BGM:ケース・ブルーム『Come Here』


 ♤「しっとりした秋に相応しい曲が流れて来ました」

 ♢「まだまだ、残暑が厳しい季節だけどね(笑)」

 ♤「今年の夏は、『恋する惑星』という恋愛をテーマにした香港映画が、スゴく話題になったんですが……残念ながら、関西では劇場公開が終わってしまったので、今日は公開中の映画を取り上げさせてもらいます。今回、ご紹介したい映画は、『恋人までの距離(ディスタンス)』という作品です。いま、流れているBGMは、この映画のサウンドトラックから『Come Here』という曲なんですが……。涼しくなって行く、これからの季節にピッタリの曲だと思いません?」

 ♢「アリマくんの推し方が、ちょっと暑苦しいことをのぞけば、まあ、そうかもね(笑)」

 ♤「はい、厳しいご指摘は、スルーして作品の紹介に入らせてもらいます。この映画の舞台は、ヨーロッパ。ハンガリーのブダペストからパリへ向かう長距離列車の中で、中年の夫婦が喧嘩を始めてしまいます。その夫婦喧嘩に嫌気がさしたイーサン・ホーク演じる青年ジェシーが、近くに座っていたジュリー・デルピーが演じる同年代の女性セリーヌに声を掛けます。話し掛けられた女性が英語を話せることを確認して二人は列車内の食堂車に移動します」

 ♢「あの導入部は、上手いよね! 二人の偶然の出会いがスムーズに描かれていて」

 ♤「はい! そして、食堂車での会話で二人は意気投合するんですけど……。列車は、ジェシー青年が降りる予定のオーストリア・ウィーンに到着してしまいます。さて、二人は、どうするのか!?」

 ♢「ここで、イーサン・ホークが彼女を誘うセリフが良いのよね!」

 ♤「『これは未来から現在へのタイムトラベルだ。若い頃失ったかも知れない何かを探す旅。君は《何も失っていない自分》を発見する。僕はやっぱり退屈な男だった。君はその夫に満足する』だったかな?」

 ♢「これだけだと、ちょっとわかりづらいけど、相手の女性ジュリー・デルピーが、未来で別の男性と結婚しているとして、今の自分たち二人の出会いを思い返した時に、『よく知りもせずに別れてしまった男に未練を感じて、未来の君が、その時のパートナーに不満を感じることが無いように』ボクをつまらない男だったと思い出せる様に、『これから一緒に過ごさないか?』って意味なんだけど……スゴい誘い文句ね、コレ」

 ♤「ですよね~。一度で良いから、こんなシチュエーションに恵まれた時に、このセリフを使ってみたい!」

 ♢「あ~、アリマくん、わかってると思うけど、これはらイーサン・ホークが話すから、サマになるのであって……(苦笑)」

 ♤「わかってますって! 女子の方だって、『こんな風に誘われるのは、良いかも!※』って、ことでしょう?」

 ♢「自覚があるなら、大丈夫、かな(笑)?」

 ♤「はいはい。さて、この後の二人は、ウィーンの街に繰り出すのですが……。ここから二人は、ジェシーの搭乗する飛行機が出発するまでの十四時間の間、この映画の原題『ビフォア・サンライズ』のタイトル通り、夜明けを迎えるまでのウィーン市内をブラブラと歩きながら、お互いの素性や家族のことを明かしたり、人生観や男女観などを交えて、哲学的かつユーモアに溢れる会話を延々と続ける、という展開になっていきます」

 ♢「うんうん」

 ♤「そして、この映画の内容は、以上!――――――これだけです」

 ♢「登場人物も、事実上、イーサン・ホークとジュリー・デルピーの二人だけだしね。う~ん、ある意味で、斬新というか……(苦笑)」

 ♤「そう、出演者は、いくつかのシーンをのぞけば、ほぼ、この二人だけ!……ただね、この二人の会話劇が、ウィーンの美しい街並みにバッチリとハマッて素晴らしい雰囲気なんですよ! ……って、アリス店長とボクの間で、ものすごくテンションに差があるんですよねぇ」

 ♢「いや、良い映画だと思うよ、思うんだけど……自分は、この映画のリチャード・リンクレイター監督の作品なら、『バッド・チューニング』の方に思い入れがあるから……」

 ♤「あ~、あのアメグラ……『アメリカン・グラフィティ』に似てるタイプの映画やった?」

 ♢「そうそう! 『バッド・チューニング』は、自身の思春期の時代を題材にしたリンクレイター監督版の『アメリカン・グラフィティ』と言っていいんじゃないかな? この監督は、『恋人までの距離』と正反対の集団劇の撮り方も上手だし! 脇役で出演している、マシュー・マコノヒー、ミラ・ジョヴォビッチ、ベン・アフレック、レニー・ゼルビガーは、絶対にブレイクしていく俳優だと思うから、その点にも注目して観てほしいな!」

 ♤「その映画は、まだ観ることが出来てないんですよね~。今度、『レンタル・アーカイブス』のコーナーで紹介してくれる?」

 ♢「そうね! 機会があれば、ぜひ紹介させて!」

 ♧「はい、アリマ先生とヨシノ店長、そして、お聞きの皆さま、お久しぶりでございます。アリマ館長の弟子っ子のブンです。なに? 先生、今回の映画は、男女二人が延々と哲学的なことを語り合う作品? 押井守監督、ヨーロッパでも実写映画撮るくらい出世したん?」

 ♤「誰がアニメの話しをしてんねん(笑)!? 一分くらい前にリチャード・リンクレイター監督の作品って言うたやん!」

 ♧「いや、すんません。何か、アリマ先生の紹介だけ聞いてると、シチュエーション的に、『うる星やつら2』とか『ご先祖様万々歳』とか『パトレイバー2』とかの押井守作品に近いな、って思ったから(笑)」

 ♤「『うる星2』と『パト2』は、ともかく、『ご先祖様万々歳』の例を出しても、校内のリスナーは、九十九パーセントが知らないアニメやろう? そんなボケかましても、聞いてるヒトには、わかってもらわれへんで!」

 ♧「いや、申し訳ない。まあ、押井監督は、この秋に公開予定の『攻殻機動隊』の準備でそれどころやないわな。それより、さっきの先生の発言で気になることがあったんやけど……」

 ♤「ん、なになに?」

 ♧「なんか、旅先でイーサン・ホークが、お姉ちゃんを口説く時のセリフに憧れるとか言うてたけどさ……自分の人生で、そんなシチュエーションが起こるなんて、本気で思ってんの(笑)?センセイ、頭の中、お花畑やな!」

 ♢「アハハハハハハハハ(爆笑)!」

 ♤「なっ! エエやんか、別に! そう思うくらい」

 ♢「サカノくん、Good Job! 良く言ってくれました! 私も、さっき、同じことを思ったんだけど、女子の立場から、それを言っちゃうと、さすがにかわいそうかな、って思って自重したんだ」

 ♤「さらに、追い討ちを掛けられた……」

 ♧「自分の発言から出たことやから、責任を重く受け止めてくれ(笑)」

 ♢「思想・信条の自由というものがあるから、映画のセリフやシチュエーションに憧れるのは、少しも悪くないと思うけど……それを口に出して言うのは、ちょっと、ねぇ(笑)」

 ♤「また、こんな扱いかよ! 夏休み前より、さらに状況が悪化してる気がする……」

 ♧「今回も、ヨシノ店長に、大いにイジってもらえて羨ましい限りやわ(笑)」

 ♤「はあ~。ヒトの繊細な心を理解しない、目の前の二人は、こんなこと言ってますけど……自分は、この映画の中の主人公二人のセリフや物事の考え方は、とても共感できるところが多いな、と思いました」

 ♢「あ、話しをそらした!」

 ♤「スルーして、続けますよ~。映画の後半に、ジュリー・デルピー演じる、もうひとりの主人公セリーヌが、こんなセリフを言います。『この世に魔法があるなら、それはきっと、誰かを理解し、何かを共有しようとする努力の中にある』恋愛に限らず、色々な人間関係にも当てはまることなんじゃないかな、と……そんなことを感じながら、この映画を観終わりました。個人的には、この映画は、恋愛映画史上に残る傑作だと思っています」

 ♧「メッチャ推すなぁ、この映画(笑)」


BGM:ヴァンゲリス『Love Theme』


 ♤「はい、エンディングの時間です。こんな扱いをされるんなら、もう恋愛をテーマにした映画を取り上げるのは止めよう! 次回は、『ジャッジ・ドレッド』の紹介でもしましょうかね?」

 ♧「おっ、スタローン主演のコミック原作映画!」

 ♢「また、極端な映画を……(笑)」

 ♤「そんな訳で、『恋人までの距離』のラストシーンの二人が、どうなったのか気になるアリマと」

 ♢「リンクレイター監督に、もっと注目が集まってほしいと思うヨシノと」

 ♧「まあ、そんなに先生が推すなら、ちょっと、この映画を観てみようかと思うブンでした」

 ♤「それでは、また来週!」

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