第10話 強くなるために
「やっ! はっ! せぃ!」
早朝5時、夜は明けきらず、されど暗くもない。そんな時間帯から竜夜の家の庭では気合いの入ったかけ声が聞こえてくる。声の主はヘミリアであった。
動きやすいように胴着を纏った彼女は一心不乱に庭に咲く大きな桜の木を殴りつけている。なぜ彼女がこのような奇行に及んでいるのかと言えば、これは竜夜が提示した修行の一環なのである。
桜の木というのは昔から霊力を吸収しやすい木だと言われている。江戸時代までは桜は花びらが「散る」様子を”死”や”物事の終わり”と見なし不吉な者として扱っていた。故に家に桜の木を植えると家系が廃れるなどとの言い伝えもあるほどだ。そんな桜の木は霊力が多い場所に咲くことが多い。竜夜の家の庭にも彼自身が大きな霊力を持つため、桜の木が生えている。
しかし、その桜の木を殴って傷をつけることで桜の生命力を弱め成長を留めるとともに、傷から放出される霊力を自身の体に取り込んで少しでも霊能力を発動させるための霊力の総量を増やすことを竜夜はこの家に引っ越してきた5年前からやっている。それが竜夜の強さの秘訣の一つだ。
だが、朝早くから木を殴りつける鈍い音は周りの家屋に響いてしまう。そのために竜夜はただ木を殴るだけではなく自分が動くときに発生する衣擦れの音や木を殴る音、それに殴られることによりわずかに震動する桜の木を何事もないように見せかけることを行う結界を張る事も同時進行で行う必要があった。
これを行うコツは周囲の霊力の展開と拳に纏わせる霊力をコントロールする集中力である。ヘミリアが扱うのは霊力ではなく魔力であるため効率は悪いが、それでも少しずつでも力は付く。一週間前、竜夜はヘミリアに自分と同じ事をするように命令した。
一日目、ヘミリアの両手は腫れ上がり、血豆が星の数ほどもできた。周囲には盛大な音が鳴り響き慌てて竜夜が結界を張った。
二日目、できた血豆がやぶれ、激痛に耐えながらなんとか修行をこなした。結界は不完全ながらできてはいたが、それでもまだ足りない。
だから三日目は修行をやめるかと提案したのだが、
「アタシに気を遣わないでッッ!!」
と言ってヘミリアは血が滴る拳で懸命に桜の木を殴りつけながら、結界を張っていた。
そして、四日目になるとコツを掴んだようで、血豆の数や滴り落ちる血の量も少なくなり結界も安定して張れるようになった。。一週間が過ぎた今日はというと、ヘミリアはリズミカルに木を殴りつけている。その手には血が滲むこともなければ、血豆が破れることもない。周囲は朝の静寂のまま、庭を野良猫が横切っていく。
そうして無事目標である樹皮から長さ5ミリの傷をつけることに成功したヘミリアは殴るのをやめ、息を整えた。気がつけば空には太陽が顔を出している。そのときヘミリアの後ろからパチパチパチと拍手の音が聞こえた。
「さすがだね、もうクリアされるとは思わなかったよ。はいお疲れ。」
「あら、意外と簡単な修行だったわ。最初はつらかったけれどね。」
後ろに立っていたのは竜夜だった。そして修行が終わった彼女に向かってスポーツドリンクを手渡した。
「それにしてもうちに住み込みをするなんて聞いてなかったよ。」
「ほんとねぇ、私も近くのアパートに住むものだと思っていたからびっくりしたわ。」
そう、ヘミリアは新人試験の後竜夜の家に引っ越してきたのだ。元々SMOの試験を受けるため日本に到着したのが試験日の前日であり、その日はホテルに泊まったため定住地は決まっていなかったとはいえ随分と急な判断だった。
それに仮にも若い男女を同じ家に住まわせることにも校長は気づいていただろうが、その校長本人が引っ越しの手配をしていた辺り確信犯である。ヘミリアは最初こそギクシャクしていたものの玉藻とも打ち解けた様子で、今やまさに自分の家と言わんばかりにくつろぐことができていた。
そして今日はヘミリアの学校転入の日でもある。一週間かけて転入の準備が整ったため、今日が初登校なのだ。
「さ、学校へ行く準備しようか。紹介したい友達がいるから少し早めにな。」
「それは楽しみね。その前にまずはシャワーを浴びるのと朝ご飯が食べたいわ。もうお腹ペコペコよ。」
「そうだな、玉藻が作ってくれてるから準備して待ってるよ。」
そう言いながら二人は家に入った。それからヘミリアはシャワーを浴びに風呂場へ、竜夜は玉藻が作ってくれた朝ご飯の用意をするためにダイニングへと向かったのだった。
その後朝ご飯を食べ終え、身支度を調えた二人は学校へと向かう。
道中を歩くヘミリアに視線が殺到したが、彼女はもう慣れているのか涼しい顔で学校までの道を楽しそうに歩いていく。しかしそれと同時に竜夜にもいくつかの視線が向けられた。視線には慣れている竜夜だが目立ちたいという思いは全くない。そのため居心地の悪さを感じながらヘミリアと共に足早に学校へと向かう。そして学校に向かいながらこれからの学校生活に一抹の不安を覚えるのだった。
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