44話 仲間






 前日に自室で引退の言葉の予行練習をたっぷりしたけれど、どんな言葉を選んでもしっくりこず、当日を迎えてしまった。文芸部で起きたこととか、楽しかったこととか、短時間のスピーチにまとめられるほど薄くない。本当に濃い3年だったと思う。

 なるようになる!と向かった部室は、さほどしんみりした空気もなく、18時くらいになってそろそろやるか〜と始まったところで、謎の緊張感が流れた。新生文芸部になってから、こんな空気になるのは初めてだ。ぼくが「ちゅーもく!」とか言っても、大して静かにならんし、真面目な空気っていうのは少なかったと記憶している。というかゼロ太郎が大抵茶々入れてくるし。そんなゼロ太郎も次期幹事なのだけれど、こいつはついに2年間部誌に小説を載せなかった。文芸部で小説を書かないのに幹事まで上りつめたやつが過去にいるだろうか?それほどまでに彼の人望はあつい。


 ちなみに引退する3年は3人。ぼく、多田師、雄平くんだ。まずは雄平くんから引退の言葉を言うことになった。雄平くんはほぼ幽霊の時期もあったが、平和になってからはまあまあ来ていた。ただ、その平和になる前の期間にもっと行っていればもっとみんなと仲良くなれたのかなぁと後悔のスピーチをしていた。おいおいおい、結構真面目にしんみりしてきたじゃねーか。ぼく、落涙もありえるぞ……。


 多田師は、雄平くんの言葉が終わってから、なぜか席を立とうとしない。緊張しているのか、覚悟が決まっていないのか、ぼくが「多田師よ次、行かんの?」ゼロ太郎が「多田先輩いいっすよ」と言ってもまだ動かず、またぼくが「ただっ」と言いかけたところで急に立ち上がった!

 同時に多田師のスマホから流れ出すピアノ音……!


 知ってる!『フリージア』の冒頭!


 一瞬でネタを理解してしまいぼくや何人かは爆笑してしまった(詳しく知りたい人は鉄血のオルフェンズオルガフリージアと雑に検索したら出ると思うので調べてみて欲しい)


 多分、何かしらの感動的なメッセージを言っているのだろうけど、もう面白すぎてそれどころじゃない。フリージアとオルガネタのせいでまるで話は入ってこず、そのまま背中を見せたかと思ったら、


「だからよ……止まるんじゃねぇぞ!」


 と左手をあげるのでもうおかしくてお腹が痛くなった。


 多田師いわく、最初は沈黙したところで「なんか静かですね……」と言いたかったらしい。ネタの用意が完璧すぎる。


 そんなこんなでお腹を痛めたぼくの出番になって、ホワイトボード前に立つ。かわいい後輩と戦友たちの視線がぼくにぶつかる。1年前の今日、ぼくは視線に怯えていた。文芸部のホワイトボード前は、処刑台だ。タカギ先輩もさぞかしプレッシャーを受けていたことでしょう。やらかした時なんか、しんどかっただろうなぁ。


 でも、今は何も怖くない。


 いつぞやに願ったホワイトボード前に立つのが楽しくなりますように!と平和を願う気持ちは、叶えられていたのだ。


「本当に楽しかった」とか「こんなに平和な部活になって!」とか話しながら、ぼくが本当に言いたいことを脳内で探る。口だけが勝手に動いて、最後の挨拶らしい言葉をピックして話しているような感じ。


 そして、話しながらハッとした。

 ぼくは1人で文芸部を変えたんじゃない、みんなで変えて今があるんだなぁ……ということを。


 ぼくは盾がないと革命すらも起こせない、正当化に囚われたただのブレーキのない車だ。それを多田師をはじめとしたたくさんのブレーキに程よく踏まれて進んでこれた。


 だから、ぼくが伝えたいのは、みんなへの感謝だ。


「ぼくがこの文芸部で培ったのは、小説の技術とか、本の読み方じゃなくて……」



「こんな幹事について来てくれた仲間の存在だと思います!」


「えっと……ありがとうございました!」


 と頭を下げた。


 文芸部を革命しようとした男は、最後の挨拶で、ありがとうを言う前に「えっと……」が出ちゃうような緊張しいで、ちっぽけなやつなのだ。

 仲間の存在なくして、この文芸部はない。


 ナイスチーム!


 ということです。









 おわり。

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【文芸部エッセイ】ただしさ サンド @sand_

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