27話 帰れ
話は少し前に戻って、タカギ先輩おろそうぜ事件の少し後くらいに、例の2人組女子が来た。もう二度と来ないと思っていたけれど、女子の人数が計4人になることは大いに歓迎なので有難い。片方はやっぱり全く喋らず、もう1人が何かしらタカギ先輩と会話していた。
そのうち、
「池添ー、ゼミナールプロジェクトこの子たちも参加させてやっていいよね。入部するみたい」
と言うので、驚いた。もうちょっとイマドキな感じのサークル!って雰囲気のところの方が、似合ってそうだけど。特に喋る方。適度に柄のある服装と肌に透明感があるように見えるのは、薄い顔の印象のせいだろうか。髪はやや茶色がかったショートヘア。こんなどんよりした曇りがかった部より、そこかしこに爽やかな風が吹きつけるような部が似合うと思う。ゼロ太郎たちにそそのかされて恐る恐る話しかけにいったら、消えかかりそうな薄い顔のパーツを少し動かして微笑むから、多少緊張しながらゼミナールプロジェクトについて話した。
「とりあえず、説明はこんな感じ。LINEグループに入ればわかるから、ぼくとLINE交換しましょう2人とも」
「はい」
と透明ちゃんだけが答える。大人しい方はコクリと頷く。話は聞いているみたいで一安心。
春祭当日、部員総動員での白玉屋台は本当に面倒だった。ぼくは料理なんて出来ないので、見よう見まねで作るのだが、これをお客さんに提供するだなんて正直恐ろしい。ぼくが調理担当のシフトの時は心の中でお客さんに謝っていた。絶対美味しくないと思いますお腹壊しちゃったらごめんなさい、と。
提供担当のシフトの時には妹とその友達が「よっ」とわざわざ顔出してくれたあげくに白玉を買ってくれたのだけど、自創作を手渡しする方が何倍も楽だ。しかも、白玉はお金まで取っている。このお金は部の費用になるけれど、今まで受けてきた先輩たちへの恨みの我慢代だと思ったら、ちょっと受け取りやすくなった。
ちなみにうちの文芸部が、イベントごとで事件が発生しないわけもなく。
SFくんが、大幅に遅刻してしまった。ぼくは友人の遅刻癖でかなり遅刻に寛容なところがあるが、やたら遅刻に厳しいやつが部にいた。一個上の先輩たちである。お前らは、まず自分に厳しくするところから始めろと言いたいところではあるが、まあ遅刻は良くないことなので、怒る権利くらいはあるだろうと黙っていたら、ドミノ先輩がSFくんを怒鳴りつけていた。
いやそこまでやる必要はあるのか……?
と疑問に思う。というかそれが許されるならぼくはお前らに何度怒鳴らないといけないのだ……?多分30回はゆうにこえる。
ドミノ先輩に誰か他の先輩が加担して怒鳴るようなものなら、ただのいじめなので止めようと思ったが、1人でブチギレてたので特に触れなかった。そのうちドミノ先輩は「もういい帰れ」とあの運動部の顧問・先輩・一部の嫌な先生が使う決まり文句を飛ばしてその場を解散した。
うわーーーーー……
という感想しかない。
「もういい帰れ」というのはただの自己満足だ。もうやることがないから帰ってもいいよ、なら分かる。「もういい」には、相手を軽蔑するような意が込められてるし、そのまま帰れだなんて。ちなみにぼくは中学のソフトテニス部時代、大嫌いなコーチに帰れと言われたので帰ろうとしたことがある。呼び止められて話をしたが、結局帰った。
ぼくは自身が正当化された状況なら、何をしても大丈夫だろうと思うきらいがある。
そしてそれは、きっと褒められたことではないと思う。
SFくんがどうするのか注目したが、彼は帰らなかった。じゃあきっとあの言葉が久しぶりに聴けるなぁと思った。帰れって言ったやん、早く帰れ。
「なんでまだおると?帰れって言ったやん」
ほら近い。
こういうやつはみんな害悪指導教科書のようなものを履修しているのか?
それに、ドミノ先輩は完全に自分の立ち位置が幹事のような、いや総監督のような場所にいると思い込んでいる。それだけはとても困る。1人残さず同じ思いにする必要があるのだ。この部活に思い残すことはないし、なんとなく後輩にも慕われていないから部室には行きづらいなぁ、行かないでおこうと。あなたみたいな人を例外にするわけにはいかないんですよ、ドミノ先輩。
全シフトが終わりに近づいて、白玉屋台近くでステージのアコギ部を眺めていた。そのうち、小太りの眼鏡の人がステージ上でサカナクションを披露しはじめた。
高校の友達の影響もあって、邦楽のオタクでもあったぼくは、「サカナクションか……」と腕組みをしながらうんうん頷くイメージで呟いた。
「先輩、」
と一年生につつかれた。多分先輩話しかけられてますよ、という目線を追うと、透明ちゃんの視線にぶつかった。ていねていね丁寧に聴いていたら、うっかり音楽以外の音をシャットアウトしていた。
「ごめん透明ちゃんどしたの?」
「あ、いや、サカナクション好きなのかなって」
「お、結構音楽とか聴くタイプ?」
「はい。すきです。サカナクションで一番すきな曲はなんですか?」
と聞かれ、非常に困る。相手の力量が分からない。「力量」とは、どのくらいの音楽の知識を持った戦士なのかということだ。サカナクションで言うと、新宝島とかミュージックとかアルクアラウンドをかじりました!という程度の人に、哀愁トレインいいよね!なんて言ってはいけない。シングルカットされてるけど、世間的にはそこまでメジャーじゃない「ルーキー」なんかを選択するのが無難だ。しかし逆に哀愁トレインと聴いて、ああ、私は「Ame」が好きです、Aの方です。なんて言い出す強者だったら、ここでの答えは「白波トップウォーター」だ。
本音は、聴いたことがない曲があれば、是非!と全部名前をあげてやりたい。
そうして迷った末に「ネイティブダンサー」と「白波トップウォーター」をチョイス。奥の手、有名どころとマイナーどころの二刀流作戦だ。
透明ちゃんは前者に反応した。ただ、逆に何がすき?と問うと「アドベンチャー」と言うので、心の中で拍手した。シンシロ、いいよね。とついアルバム単位でサカナクション愛について語ってしまって盛り上がったし、どうやら他のバンドについても趣味嗜好が合うみたいで、どんどん音楽の話が膨らんでいった頃には、アコギ部の新宝島は終わっていた。
それから、文芸部らしく小説の話に移り変わって、どうやら彼女は純文学に精通しているらしいことが分かった。
「綿矢りさ、私大好きなんですよ。インストールが特に好きで」
「インストール、最高よね!」
「はい。先輩は金原ひとみなんかは読まれますか?」
金原ひとみ。読んだことないと返すと、蛇にピアスが入門書には丁度いいというので、メモをしておいた。どうやら綿谷りさと芥川賞を同時受賞した作家で、かなり有名な純文学作家だった。ぼくは純文学読者としては初心者マークを付けている身なので、本当に助かる。
しかし、次に書店に行った日にはすぐに買わず、またしても日常ミステリーに手を伸ばす。色々あった春祭もようやく終わって、(終わった後に会計ミスやらなんやらのトラブルでイライラした話は省く)次の秋祭に向けて気持ちを高めていた。
それに、今年はたくさんの1年生も入部したし。
ぼくもうかうかしていられない。
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