15話 枷



 結局、マンモス大学から、各大学より選出する代表者は1人でいいという連絡が入り、Kさんの小説が文句なしに選出された。最初からそうだったら……とマンモス大を若干うらみつつも、どうせ会議になったら雰囲気は悪くなるだろうという諦めの感情もあった。


 展示会に対する会議だけではないのだ。秋祭の反省会とか、今後の活動予定を話したり、幹事会の内容をタカギ先輩が発表するだけでも、細かいところから喧嘩とか無駄な議論に発展する。なぜか先輩たちはすぐ議論をしたがる。そういう熱い気持ちは、もう少し小説にも傾けて欲しい。文芸部なんだから小説で議論しろ……。


 実際、文芸部という名ばかりで文芸部らしい活動は何もしない。先輩たちは雑談が好きだけど、そろそろぼくは、全ての先輩に対して諦めと呆れの感情を隠しきれなくなっていた。多田師と部室の隅で、Twitter界隈の話や、アニメやニコニコ動画の話に花を咲かせていた。多田師がいない日はタカギ先輩なんかと話したり、ボードゲームとかもするけれど、文芸部らしさに飢えていた。


 いつも通りタカギ先輩がカザマ先輩にキレて、雰囲気が良くないある日、ぼくの後ろでパソコンをいじっていた多田師が「池添くん」と肩を叩いてきた。

 振り向くと、「読むかい?」と文字列が並んだ画面を見せられた。飛びつくように「読む!」と返事をしてウキウキでパソコンに目を向けた。



ーーーーーーーーーー



 ギターを撫でる。鉄線を掻き鳴らしたい欲望を抑え込む。


 憂鬱だ。果ての見えない憂鬱の海で僕は浮いている。僕は軽すぎる。この海に潜ることも、沈むことも、溺れることもできない。僕はまだ、進むことができない。


 いっそこの海を自分の一部にできたら、自分の力にできたら。


「カナデ」


 姉の声だ。僕の名前だ。




ーーーーーーーーーー



 冒頭から、惚れた。


 憂鬱だ。から始まる文で、比喩の海に潜ることを想像して、「カナデ」の声が、陸から聞こえるようなイメージで再生される。


 プールに潜った時の静寂が、水から顔を出しても、少し受け継いでいるような、半ば夢の中にいるような気持ちで現実の会話が始まる。だから会話に独特の雰囲気が纏わりついて離れない。


 しずけさのある小説だと思った。


 Kさんが書くような、文章だけで攻めてる雰囲気でもなく、これが伝えたい、これが書きたい、がストレートに文字から読み取れる。それなのに、文章がお洒落で、いい。


 ざわつく部室で、ぼくだけが別世界にいるような気分で、読み進めていく。


 これだ……こういうのがぼくは読みたいし、書きたいんだ。そう何度も思いながら、クライマックスに近づき、情緒が揺れる。揺られて感情の壁に何度もぶち当たり、読み終わる頃にはひび割れていた。




 次の日、本屋に赴く。

 筋肉をつけたい、綺麗になりたい、と思う大学生と同じように、ぼくはいい文章が書けるようになりたい。いい雰囲気の小説が書けるようになりたい。

 極上の文章を書きたいのだ。

 その為に、ぼくは文章を芸術として捉える「純文学」というジャンルに手を出すことを決めた。純文学 おすすめ でぐぐったら、どうやら綿矢りさから入れば間違いないらしい。

 それで、『蹴りたい背中』を購入してみた。芥川賞受賞作。ケータイ小説みたいな文章なのに、純文学としての評価が高いという矛盾が気になって、読んでみた。


 率直な感想としては素晴らしい。


 ケータイ小説には思えなかった。これは、そう見えるだけで、並大抵の人が書ける文章ではない気がする。言葉のリズム感、比喩の心地よさ、常にものを100倍レンズで捉えたかのような緻密さ、どれをとっても最高だ。これが19歳で書かれたなんてびっくりだ。途端に自分の文章に自信がなくなる。


 文章力だけはどうしてもKさんと多田師に劣っている自覚はある。書いてきた量も違うし、先天的な文章作成能力も高くない。いくら話が面白くても、ベタっと平面的な文章がだらだら綴られていてつまらない。文章にメリハリやフックがないし、それを意識するとわざとらしい文章になってしまう。ここまで分かっていても、いい文章は書けない。いい文章を書くためには、いい文章の良さを細部まで理解して、どこがどうなっててどう働ければ「良い」なのか説明できなければいけない。でも、説明ができない。綿矢りさならテンポが良いとか、リズム感が心地良いとか、わかっていても、じゃあどの単語が、どの文が、どう機能して、どう面白くしているの?答えられない。


 理論がダメなら感覚でいくしかない。


 とにかく読みあさって、いい文章を知る。いい文章に触れてやる気を上げて、書いてみる。これしかないのだと思う。今はインプットの時期だと思い込ませて、焦りを打ち消す。あんな文章が書きたい、という気持ちだけが先行してしまわないように。







【短編集】我が世の青 - カクヨム https://kakuyomu.jp/works/1177354054893901870



※2の『僕枷ーボクカセー』という小説の冒頭を引用しています。多大なる影響を与えてもらった小説なので、宜しければ読んでみてください。

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