8話 見学
雨が止んでも、汗ばんで水っぽい7月。
Twitterの雑多垢の名前を「Ikezoe」に変えて、DMを送信する。本が四方八方で踊るいつもの作戦会議室で、ぼくは多田くんに野望を話した。
「他大学の批評会を見学したい!」
まじかよこいつ、みたいな視線は構わずいつものマシンガントーク。いや5月の学祭巡りで確かに他大学の文芸部さんから話は聞けたけどもまだまだ他大学での批評のやり方、雰囲気、学ぶことはあると思うし、やっぱり直接見たほうが経験に
ということで、今、他大学の文芸部TwitterにDMを送信した。周辺大学のどの文芸部に話を持ち込むか、心底迷った。ここらでは1番のマンモス大学の文芸部さんは、話が大きくなりそうなので除外した。事を大きくしたくないのだ。あくまで見学して、様子をメモして、ササっと帰る……。大学同士の大きな交流になると先輩を通さないといけないため、あまりに近かったり連携が取りやすそうな大学はなし。
ということで候補に上がったのが、地元で最も学力の高いK大学の文藝部。
正直ぼくが文芸部の長ならば、このような案件がきたら心底怖い。いやなぜ他大学のやつが見学に! しかも一人で! ナニシニクルノ! と門前払いしかねない。
それをK大学さんは快諾してくれたのである。
K大学の方は律儀に、見学は何名でしょうか、この日程は大丈夫でしょうか、来月の活動は合評会といいまして部員の小説を読んで感想などを述べる会ですが、その合評会の見学で大丈夫でしょうか、と詳しく尋ねてくれたおかげでスムーズな見学交渉ができた。エリート大学は段取りからして一流である。
人生はじめての高速バスに揺られて1時間。バスを降りると風のぬるさとしずけさが五体を包んだ。K大学の近辺は異様なしずけさで満ちている。人がまばらに歩く足音すらもしない静寂を抜けて大学構内に入ると、流石に大学生らしい賑やかさが耳に入ってくる。ヨーロッパの路地裏のような雰囲気の構内にコンビニが建ってたりするのはちょっと面白い。ひたすら進むと図書館があって、そこが今日の集合場所になっていた。ロビーで待っていると部員の1人が駆けつけて案内してくれ、図書館の一室に招かれた。「こんにちは、よろしくお願いします」と頭を下げながら緊張気味に着席すると、会がはじまった。
「合評会をはじめます。今回は他大学から見学という形で池添さんが来てくれてます、よろしくお願いします」
よろしくお願いします。軽く会釈。
「本日の流れはホワイトボードに書いてある通りなので、まず〇〇さんの小説から始めましょうか」
周りを一瞥すると、メガネメガネ、メガネの応酬。圧倒的メガネ率。K大学、メガネ、文藝部まで揃うと知的すぎる雰囲気に爆発しそうになる。ぼくは今、天才に包囲されている。両手をあげたい気分だぜ、知力で殴るのはよしてくれ、学歴コンプが疼いちまう。
そんなこんなで小説を読み進めていく。合評会には15人くらいは参加していたが、小説を読み始めてからは周りに誰もいないかのようなしずけさ。
K大学の合評会は、うちの批評会とは大きく違う点が一つある。
それは今回合評会で取り扱う小説が、過去の部誌に載ったことがある小説なのである。
ぼくにとっては衝撃であった。じゃあ誤字脱字どうするん……? K大の人いわく部誌の編集をする際に2人ぐらいの担当者が直すらしい。修正すべきか迷った箇所は個別連絡。そうか、こういうのもアリなのかと大きくうなずいた。
つまり合評会の狙いは修正じゃなく、感想、考察、これぞ真の批評ーー! 求めていたものが見れる嬉しさでわくわくすると小説に集中できないため一旦忘れて息を止めて、吐いて、吸って、集中集中。
「じゃあそろそろ1人ずつ順番に感想などを……じゃあ、相嘉さんから」
そうですね……から始まる感想。面白かった、とか良かった、という感情をストレートに、短く、それだけ!
という短絡的な感想はなく。
「ここを文明の利器と表現しているのが面白いですね、物語の全体としてはリアル調かつファンタジー要素も取り入れられている……だからこそ表現のみならずエレベーターの異質な雰囲気が出せていていいよね。……あとは、」
といった具合に詳しく、どこどこのシーンについてどう思ったのか、取り上げていく。厳しい言葉が飛び交うわけではないが「ぼくはこういう表現もいいと思った」というような意見も飛び出し、作者側が頷き「なるほど」とこぼしながらメモを取っていく。ぼくも負けじとメモを取る。批評のやり方や考察の仕方について。
雰囲気としては読み進めている時の静寂はそのまま、作者と発言者が、時には蚊の鳴くような声でやり取りするのを耳をすませて周りは聞く。たまに「確かに」と批評に賛同する声が聞こえるくらいで、雰囲気は悪いくせに変に賑わいのあるうちとは真逆の批評会だと感じる。メモメモ。
合評会が終わったら、同じ1年生たちに混じって本とか大学の話で盛り上がった。IQが一定数離れていると会話が通じないと聞いたことがあるが、IQが高すぎる人はこちらに合わせてくれる頭脳と優しさを持っているため楽しく会話できた。
その後なぜか1年生の親睦会ということで活動終わりに計画していた全員で寿司屋に行くというイベントに誘われて、「行きます!」と二つ返事をした、実は寿司が好きじゃないぼくは、寿司屋で何人かとLINEを交換できるくらい存分に親睦を深めた。
K大の1年生でもないのに。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます