第173話侵入者
優は、自分の夜目を駆使して全力で山道や森を走った。優の前世の弟への、溢れ出る離れ難い慕情を殺しながら。そして、千夏の待つ民家に着いた。
その勢いまま裏口の引き戸を開け釜戸に入りそれを閉めると、柱に大きくもたれかかり息をととえる。
しかしふと、優以外の誰かがついさっき釜戸を使った匂いと形跡に気付く。
そしてその時……
「ゴトッ……」
奥の、千夏の寝ている居間の方から物音がした。
あれだけ熱のある千夏が起きているとは思えない。
優は、侵入者の予感に戦慄したが、令和と違いこの異世界の戦国時代を生きるには、自分自身が武器を持って戦って強くならなければならない。すぐに近くにあった木刀を握ってそっと居間に向かう。
走った時にかいたのとは違う、冷たい汗が優の背中を流れる。
やがてそこに着くと、千夏の眠っている布団の近くに見知らぬ男がいた。
「誰だ!」
優は、今までに出した事が無いような強い口調で、まだ走っていた時の息が収まらないまま正眼の構えで木刀を侵入者に向けた。
「あっ!帰りましたか」
そう言って優に向い笑いかけたのは、佐助だった。
佐助は、定吉の力で操られて佐助の元に来た鳥の足に括られた手紙を受け取った後、家に侵入していた。そこには、さっき観月屋敷の縁の下で優と春頼の会話を聞いていた定吉からの、優が戻る前に千夏が漢方を飲む為の白湯を作るよう佐助への指示が暗号で書かれていた。
「だから!誰だ?!」
優は、若い姿の佐助とは初対面で声を荒げた。
しかし、佐助はそんな優など一切お構い無しに、けれど優の顔を見ながら、急にかわいい子猫でも相手しているようにデレデレの表情と声になって言った。
「怒った顔もいいなぁ…でもやっぱ、笑った顔が……見てみたいな…」
優は、一瞬男が何を言ってるのかと目が点になった後ドン引きしたが、千夏が危ないのに変わりはない。「ふざけんな!」と一喝しようと口を開きかけた。
しかしそこに、急に大きな何かが優の背後に立った気配がして、優は木刀を構えたまま後ろを顔面蒼白で振り返った。
そこには、前世の定吉がいた。
「木刀を下ろせ。あいつは俺の仲間だ。あいつはお前とそこに寝てるチビには何も害は加えないし断じて俺が加えさせない……絶対に。だから、木刀を下ろせ…」
前世の定吉は、とても低く冷静な声で、優の目を見ながら諭すように言った。
優は、息を上げて振り返ったまま、定吉との体格差から定吉の顔を見上げて無言でじっと見詰めた。
そして優は、目の前にいる前世の定吉と生まれ変わりの定吉を、こんな時にも関わらず比べた。
そして前世の定吉は、やはり声が別人のように淡々としていて、更に顔つきも生まれ変わりより凶暴に感じたが、ただ一つ、目の真剣さだけは前世も生まれ変わりも変わりない事に気付く。
それが同じだと分かったら、走っただけが理由では無い、侵入者に対する激しい興奮でも荒れていた優の息がかなり収まった。
そして優は、考えるまでもないかのように、言われるままあっけないほどすんなり木刀を下ろした。
同じ頃…
朝霧はつい先程、美月姫との婚約を破棄し、美月姫の元を去った。
そして、春陽の元に急く気持ちを押し殺し、真っ暗な夜道を小さな洋燈の灯りだけを頼りに歩いて馬を引いていた。
ここで強引に馬を夜道で走らせれば、馬も、最悪朝霧自身も命を落としかねない。
(すぐ帰る。すぐ帰るから。待っててくれ、ハル!)
朝霧は心の中で呟く。
すると同時に、朝霧の中にいる精神体の生まれ変わりの朝霧も呟いた。
(すぐ帰ります。すぐ帰りますから。待っていてください、主!)
二人の朝霧の呟きは、二人の朝霧同士互いには聞こえなかったが
……二人は同じような事を考えていた。
しかし…
朝霧のその背後、かなり後ろを、人相の悪い二人の男が灯りを何も持たないで付いてきていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます