第166話佐助
「アニキどうすか? 俺っちの忍びの変化(へんげ)の術の腕前は? かなりのモンになったでしょうよ」
さっきまで年配の男に化けていた男、佐助は、自分の右手親指を自分に向け、自信あり気にニコニコしなから定吉に聞いた。
なんと、その声も姿と同様若返っていた。
「まぁまぁ、様になってきたんじゃないか」
定吉は、腕組みし立って木にもたれかかったまま、そう冷静な表情と声で言った。
「まぁまぁかぁ……久々にアニキが鳥を忍術で操って忍びの里の俺に伝言をくれたからわざわざこんな遠くまで来たんだからさぁ……なんかもう少し褒めてくれてもいいんじゃないっすか?」
佐助は口を尖らせ、少しスネたようにブツブツ言った。
「お前はチビの頃からすぐ調子に乗るからな。本当の事を言った方がお前の為だ」
定吉はそう、やはり冷静に言いながら、今優のいるだろう遠い方向を気にしているのが佐助には分かった。
「へいへい。アニキの言う通りですよ。でもこんな田舎で、アニキの代わりに男と子供に魚や桃やらを渡して欲しいって事でこんな小芝居しましたけど……さっきのアレ……本当に男っすか? なんか、どっかの高貴なお姫様にも見えるんすけど…」
佐助は少しぽっと顔を赤らめた後、定吉と同じ方角を見た。
すると定吉はその佐助の表情に反応すると、いつもよりさらに低い、威圧的な声を出した。
「佐助……お前に一つ言っておく。お前はまぁまぁ腕はいいし、俺達のような忍びの者は明日生きてる保証がないから、お前の女遊びや男遊びが派手だって事にも俺は色々言うつもりはないが、あの男には……一切ちょっかいは出すな」
「あっ? えぇっ?!…」
佐助は、慌てた声を出し定吉の方を振り返った後、オドオドと聞いてみた。
「アっ……アニキが……そんな事言うなんて、珍しいっすよね。あのぅ……アニキ、アニキって……そのぉ……もしかして……あの男の事…」
定吉はそれを聞き、目を眇めて佐助を睨むようにして呟いた。
「もしかして……何だ?」
「あっ、そのぉぉぉ…」
佐助はかなり苦笑いしながら、視線を上下左右に忙しくさまよわせた。
「だから……何だ?!」
定吉は、目を眇めたまま声を大きくした。
「アハハ……あっ、いえ……何でもないっす…」
佐助は、笑って誤魔化し早々に退避した。
そして、心の中で呟いた。
(アニキがあんなにムキになるって……なかなか無いよな…)
「それと、佐助。あの男と瓜二つの男がもう一人いるが、そいつにもちょっかいは一切かけるな。いいな……指一本も絶対に…」
そう言うと定吉は、突然歩き出した。
「えっ?! ちょっとアニキ!
あんなきれいな男がもう一人、いるんすか?」
佐助はそう興奮気味に言うと、定吉の後ろを付いて行きながら更に聞いた。
「双子っすか? でも双子って縁起わりぃって言うから、特に御武家様では片方始末されるでしょう……普通」
「さあな……双子かどうかは……俺も分からん」
定吉は言いながら、歩きながら、優の顔を思い浮かべていた。
春陽に似すぎている、定吉にとっては優と言う名前も知らぬ謎の男は、どうやら観月屋敷の守護武者、轟真矢の関係者らしいが…
定吉が忍んで後をつけたり、屋根裏から彼の様子を見ていてそれ以外で定吉が分かっているのは、
小寿郎と豆丸という者を探している事。食料が底を尽きかけていて、あの全く頼りないヒョロヒョロの体で、桃と魚を採ろうと下見していた事。その食料を採ろうとしている大きな理由が、あの口の聞けない、千夏とかいう幼い女の子を食わす為だという事くらいだ。
定吉にとって、春陽に似た男が敵か味方か分からない今は下手に前には出られ無い。 今はこうやって変化の術に長けた佐助を使い、魚と桃と野菜を渡してやり、その先は様子を伺いながらおいおい考えるしか無かった。
古びた民家にはまだ米と雑穀だけはあるようなので、大量の魚と桃と野菜で何日かは、春陽似の男と幼女の生活はなんとかなると定吉は思った。
しかし…
どうしてこんな真似を、春陽似の男にしてしまうのか?自分の事なのに、定吉には分からない。ただ、体が勝手に動く……という感覚だった。
(いや……あんなどんくさいヒョロヒョロ野郎とおかっぱのチビに俺の目の前で死なれたら、俺の寝覚めが悪いからだけだ…)
定吉は、そう内心自分に言った。
その横で、佐助がひたすら一人でぺちゃくちゃ何やら明るく楽しそうに喋っていたが、この時は、定吉の耳には一切入っていなかった。定吉の頭の中は、春陽と春陽に似たあの男の事で一杯だったから。
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