第160話粥

時は……


 前世の朝霧が戦国時代の観月屋敷を出立した次の日の昼。


 「兄上……入りますよ…」


 春頼はそう言い障子を開けて、兄の春陽の居る座敷に入り、まるで中を見られたくないかのようにすぐにそれを閉めた。


 今日も春陽は、頭に婬魔の証の小さな双角と口から鋭い双牙が生えていて、一行に元の人間の姿には戻っていない。


 そして、周囲の他人には病と偽り座敷から出ないので、座敷にひかれた布団に入り、上半身だけ起きていた。


 春頼の生活は、小さな頃から兄中心で回っていたが、春陽が婬魔になった事で、春頼の全ては春陽一色になった。


 今も春頼は、春陽の為に昼の膳を持ってきた。

 その内容は、食欲の無い春陽の為、鳥肉入りのかゆと味噌汁。


 本当は鳥肉は、山で春頼が得意の狩りでキジを捕りその肉の方が活力に良いのだが。

 春頼は、春陽が心配過ぎて屋敷を離れられないので、屋敷で飼うにわとり肉になった。

 春頼自らにわとりを締め手捌きし、料理もした。


 「兄上、少しでも良いので、食べて下さい」


 春頼がそう言い枕元に膳を置き、布団に近くに胡座で座った。


 「すまない……春頼……いただくよ…」


 春陽は、力は無いがにこりとしてそう応えた。


 しかし……


 春頼には、春陽が無理をして笑ったのがよく分かっていた。

 そして、朝霧がいなくなってから特に無理をしていると感じる。


 でも、少しでも何か口にしてくれるならと春頼が、膳の上の小さな土鍋の蓋を開けた時だった。


 スン……スン……スン…


 春陽が、にわかに鼻を動かして何か匂いを嗅ぎだした。


 春頼は、自分が作ったかゆが兄の気にいったんだと一瞬心底喜ぶが…


 それは、違った。


 「匂うな……匂う……血の匂いがする……春頼……お前から……血の匂いがするぞ…」


 春陽がそう、冷たい上に地を這うような声で言った。


 春頼は一瞬、いつもの優しい兄、春陽が出さないような、その、らしくない声に背筋がゾクっとした。


 そして……


 春頼は、ゆっくりと視線を兄に向けた。


 すでに……


 すぐ横にいる弟の顔を見る春陽の目も……


 明らかにいつものやさしく穏やかな春陽のモノでは無かった。


 すでに春陽は、魔の物になっていた。










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