第158話毒蛇

 前世の朝霧は春陽の為に、己の命すら捨てる覚悟で美月姫との婚約を破棄した。


 そしてそのまま、前世の朝霧が美月姫の元を去った夜から時間が少し戻る。


 話しは、その同日の昼だった。


 優は仕方無しに、千夏のちっちゃな手を引いて、優の前世、春陽のいる観月屋敷に来た。


 真矢を探す為だ。


 優は、今は令和の東京にいた時と違い、グダグダ考えているヒマが無かった。


 千夏を一緒に連れて来たのが正しいか正しくないか?


 判断できないまま、兎に角行動するしか無かったのだ。


 長期に渡り春陽の体内に精神体として居た優は、すでに戦国時代の観月屋敷とその周辺に詳しい。


 屋敷の守護武者の目をかいくぐり、広い庭の植物の陰から千夏と体を小さくして、屋敷内に真矢がいないか探る。


 しかし、そこに……


 優と千夏の背後に、一匹の蛇が向かってきた。


 この異世界の戦国時代の日本の本州には、強い毒を持つ派手な黄色の蛇がいた。


 だが、それだけでは無い。


 この種は静かに、音も気配も無く獲物や人に近づく。


 優は、そんな種がいるのを知らなかったが。


 今まさに、優と千夏の背後にいるのは、その毒蛇だった。


 だが優も千夏も、蛇の気配に全く気付か無い。


 やがて毒蛇は、優の袴越しの足に噛みつこうと、静かに鎌首をもたげた。


 蛇の大きく開いた口から、毒に満ちた鋭い牙が光る。


 しかし、だが寸前で……


 野太い男の手が、サッとその毒蛇の頭を平気で素手でガッチリつかんだ。


 つかんだのは、定吉だった。


 しかし、その定吉の気配は、定吉の異能の力で消し去っていて、優も千夏も、背後の定吉の気配にも気付かなかった。


 やがて定吉は、優と千夏の無事な後ろ姿を再度確認すると、いつも強面の武闘派の定吉にしてはかなり珍しく僅かに微笑んだ。


 「ん?」


 前世が婬魔で、生まれ変わった今もまだ未覚醒とはいえ婬魔の優の感覚が、背後に何か感じた。


 優は、サッと後ろを向いた。


 だが、すぐ不思議そうに小首を傾げた。


 定吉は、蛇をつかんだままその場から静かに消えていた。


 優は寸前の所で助かったが、毒蛇の事も、定吉が助けてくれた事も知る事は出来なかった。
















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