第156話不吉な予感

生まれ変わりの朝霧の魂が体の中にいるなど知らない前世の朝霧は、まだごく普通に水茶屋の長椅子に美月姫と座っていた。


そして無論、生まれ変わりの朝霧が、銀髪を見て激しく動揺しているなども知るよしも無い。


南蛮の黒のまんとを纏う長身の銀髪の男は、どこの国衆かは分からないが身分が高いのか、回りには何人かの武者がいる。


そしてすでに前世の朝霧達の座っている前には、出発に何頭かの馬が連れて来られていた。


銀髪の男は、前世の朝霧達の眼前で慣れた身のこなしでその中の一頭に乗りこんだ。


その時…


同時に一陣の風が吹き…


銀髪の男が頭に被る、まんとのふうどを固定していた首元の紐が緩んでいて、ふうどが取れた。


瞬時に…


銀髪の男の隠れていた顔と、長い髪も全て露出し美しく風にサラサラとなびいた。


そして、前世の朝霧と、銀髪の男の目と目が一瞬だけ合った。


(あっ…藍…)


前世の朝霧の中の、生まれ変わりの朝霧は、銀髪の男の顔を見て愕然とした。


その冴え冴えとして冷え過ぎた人間離れした美貌…


長い、美しい銀髪…


瞳の色は青では無く黒だったが、

藍の妖術があれば装うなど簡単だろう。


そして前世の朝霧のその予想通り、やはり間違い無く…


銀髪の美貌の武者は、優と春陽の…そして、朝霧の敵、前世の藍だった。


前世の朝霧の横に座っていた美月姫も、その周りの数台の長椅子に座っていた美月姫の配下の武者達も、平民らしき一般の旅人達も、藍の美しさに言葉を失い、呆然と藍を見ていた。


だが藍は、前世の朝霧など気にも止めず…


しかし、まるで藍を見つめる周囲の視線を忌むかのように素早い動作で、又ふうどを頭にすっぽり被せた。


すると…


「お館様…荒清村までは、今日を除きまだ二日日もありますが、ご体調は大丈夫でございますか?もう少しごゆっくりなされればよろしいのに…」


藍に、配下の武者の一人が馬下から尋ねた。


(荒清…村?!…)


その言葉に、今度は前世の朝霧が内心酷く反応した。


(まさか…あの銀髪の男…荒清村に、ハルの近くに行く気なのか?)


前世の朝霧は、銀髪の男の方を見た。


「構わぬ…一刻も早く、荒清村に行かねばならぬ。どうしても…どうしても、今すぐにでも会いたい男がいるのでな…」


藍はそう静かに武者に答えた。


武者は明るくハハっと笑ったあと言った。


「これはまた、かなりのご執心ですな…」


それを聞いて藍は、両口角だけ上げて無言で微笑むと、颯爽と馬を駆け出した。


だがその一瞬…


再び、前世の朝霧と銀髪の男の目が合った。


(まさか…)


前世の朝霧の方は、まだ藍を知らないはずなのに嫌な予感がした。


(ハルに…何か、何か不吉な事が起こる予感がする…)


前世の朝霧は、座ったまま固まり瞠目した。


藍を乗せた馬と藍の臣下を乗せた馬達は、疾風の如く荒清村へと走り去り去った。


「主!!!」


すでに藍を知る生まれ変わりの朝霧は、前世の朝霧の体の中で、優の危機を感じ取り思わず叫んだ。


このままでは…


優と優の前世の春陽と、藍が巡り会ってしまう!


そう焦る生まれ変わりの朝霧のその声は、前世の朝霧にも、優にも届かない。


そして、生まれ変わりの朝霧は、これ程に募る優への想いと心配でおかしくなりそうなのに、魂は、前世の朝霧の体からも出られ無い。





























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