第154話屋根裏

小寿郎がいなくなり二日間…


優は本当に必死で、幼い千夏の手を引いて、又はおんぶして、自分達が回りの人間に見つからないようにもしながら小寿郎を探した。


優も髪を頭上でくくり、この時代の農民が皆してるように頭から手縫いを被り出来るだけ顔を隠し…


山や川だけで無く、荒清村の中も探した。


その間、優と千夏の行動が周囲にバレて無いと優は思っていたが…


だが…ただ一人…


ケガの回復の早い定吉だけは二日間…


優と千夏に分からないようずっと後をつけ観察したり、古民家の屋根裏に潜入し、小さな穴から優と千夏の行動を逐一見ていた。


ただ…


普段面倒事がキライな定吉が、どうしてこうも後を付けたり色々しているのか?…


定吉自身も分かっていないし、内心定吉自身、自分のしている行動に戸惑っていた。


ただ、定吉の体が勝手に動くのだ。


しかし動向を観察できるのも、定吉の持つ異能のチカラの賜物だ。


定吉は、自身の特殊な血筋から、自身の気配を完全に消せる。


そして、あの巨体でも意外と身軽で、楽々屋根裏にも忍び込める。


そして何より、自身で聴覚の切り替えが出来て、かなり遠くの人の会話も聞ける。


そして、完全に定吉は認識した。


春陽の他にもう一人、春陽そっくりの男がいると。


そして多分、春陽そっくりの男の立ち振る舞い、喋り方から…


定吉とあの山小屋で一緒に過ごしたのは、春陽で無く、春陽のそっくりさんの方だと。


小寿郎がいなくなり三日目の朝になっても、優と千夏が潜伏する古民家に、小寿郎も、豆丸すら帰ってこない。


それに、昨日の朝仕事から帰り、すぐに優達の元に来ると言っていたはずの真矢も来ない。


その上、小寿郎と真矢が用意していたしばらく分の食料が、底を尽きかけている。


実は、優と小寿郎が再会した日、小寿郎は、真矢に金の塊を預けて、真矢に食料の補給を頼むつもりだった。


しかし、優が突然現れ、補給する時間が無くなったのだ。


なら今、優が代わりに食料補給に行きたいが、その頼みの綱の小寿郎が尋女から預かっているはずの金の大小の塊は…


再会したその夜の時点で、次の日に小寿郎が優を隠し場所に実際連れて行き教える予定だった。


しかし…


その次の日の朝、小寿郎は豆丸と、優達に何も告げず突然いなくなった。


しかし、いくら金があったとしても、この時代の事を知らなさ過ぎる優が、金を食料に安全に替えられる可能性は極めて低くく、無理かも知れない。


こうなれば…


いくら令和ののんびりDKの優でも、流石に自分の前世の春陽のいる観月屋敷内にのこのこ真矢を探しに行っては危険だと分かっている。


しかし…


まず、遠くから観月屋敷の様子を見て、真矢が帰って来てるか探りたかったし、


果物でも魚でもいい…


少しでも小さな千夏の為に食料を補給したかった。


優は、残り少ない材料で朝食を作り千夏と食べ終えると、まだ膳も片ずけずそのまま、千夏の前に正座し向かい合い優しく言った。


「千夏ちゃん。俺今から真矢さん探しに観月屋敷に行って、それから山で何か食べ物採ってくる。でも、千夏ちゃんを連れて行くのは危険なんだ。屋敷は人目が多すぎるし、食べ物を採るのも危ないし。だから千夏ちゃん…この家で、少しだけ、ほんの少しだけ…一人で待てる?」


(真矢?ああ…いたなぁ…かなり変わってるけど出来のいい男前。ふーん…あの、轟真矢って武者…ここの仲間か…)


今日も朝から、優と千夏に見つからないよう屋根裏からこの様子を覗いていた定吉が、心の中で呟いた。


轟とは勿論偽名だが、定吉がそれを知るはずも無い。


すると、定吉のいる屋根裏の下で、座敷にちょこんと正座した千夏がブンブンと首を左右に振った。


そして千夏は、一度首を止め優の顔を真顔で見て、又ブンブンと首を左右に振った。


「千夏ちゃん…俺、必ず帰ってくるから、俺、千夏ちゃんの事残してどこかに行ったり絶対しない!」


優は、そっと微笑んで千夏の本当に小さい両手を取り、優の両手で握った。


しかし、千夏は表情が変わらないまま、又ブンブンと首を左右に振った。


そして、急に立ち上がり、優に抱き付いた。


千夏は無表情だが、その抱きつく強さから、どんなに一人にされるのがイヤなのか、優に苦しい程分る。


「ごめん…そうだった。一人は嫌だ…一人になるのは…そうだったね…」


優は、そう言いながら瞳を閉じ、千夏を抱き締めてやり、そのオカッパの髪を何度も撫でてやった。


優の脳裏に、顔が浮かぶ。


観月。


西宮。


定吉。


真矢。


小寿郎。


そして、朝霧…


つい先日、朝霧に置いて行かれた優自身が、置いて行かれる立場がどんなに辛いか、身を持って分かっていたはずだったのに。


でも…


(前世の朝霧さんは…)


(本当に前世の俺、春陽さんを置いて行ったのか?)


(前世の朝霧さんにそうさせたのは、前世の自分の春陽さんではないのか?)


優は、前世の自分春陽の朝霧への気持ちも、優の生まれ変わりの朝霧への気持ちもわからなくて複雑な思いで一杯になり…


けれど…


前世と生まれ変わりの二人の朝霧を想うと、胸が激しく痛んだ。


そして…


屋根裏の定吉は、そんな優の顔をただひたすら一心に見詰めていた。





























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