第146話旅立ち

朝霧は、旅立ち用の馬に乗った。


しかし…


(何故…こんなにも気になるんだ?)


やはり、どうも竹林の方が気になって仕方無くて、もう一度そちらの方を見た。


しかし、何も見えない。


(朝霧さん…朝霧さん…)


優は、やはり何度も飛び出して朝霧を引き止めたい衝動に駆られたがぐっと堪え、まだ竹林で千夏の小さな手を握って、隠れて息を潜めた。


やがて、それぞれ各個乗馬した美月姫、数人の護衛の若武者を回りに連れ共に、朝霧は、身を引き裂かれる思いで馬で駆け出した。


(ハル…ハル…ハル!)


朝霧は、最後まで春陽の名を心の中で呼んだ。


(あ…朝霧さんが…朝霧さんが…行ってしまった…)


優は、竹林から朝霧一行の後ろ姿をただ呆然と見送るしか無かった。


未来から来た、春陽の生まれ変わりの優が変な行動をすれば、歴史が変わる。


でも…


優の頭に、生まれ変わりの朝霧と初めて会った日から、前世の朝霧と会った今日までの沢山の記憶が溢れ、今にも涙が溢れそうだ。


やがて、広がる田畑や村人の茅葺きの家を走り抜け、朝霧達の姿は風のように消えた。


しかし…


優は、竹林の静けさの中でまだじっと、朝霧の去って行った方向を見詰めた。


優の目の前を、春の明るく柔らかい風が、寂しく一陣吹いた。


(必ず、必ず…又、朝霧さんと会えるはず。会ったから、前世の俺、春陽さんと朝霧さんは紅慶の魔剣の契約が出来たはず。だから…だから…きっと又、朝霧さんと必ず会える…)


優はそう思いながら、自分に言い聞かせながら、泣くのを必死で堪えていると…


それが分かったのか?千夏が、相変わらず無表情だったが、繋いでいた手をギュッと握り締めてきた。


優は、手を握ったまま必死で笑顔を作り、かがんで、千夏の顔の高さに自分の顔を持っていった。


「大丈夫…俺は、大丈夫だから…」


優はそう言いながら、千夏の瞳を見ていると…


まだ幼い千夏の黒瞳が余りに澄んでいて、逆に弱さが正直にさらけ出てしまいそうになる。


所が、突然…


誰かが竹林を優達の所に歩いて来た。


優は不覚にも、その人物がすぐ目の前に来るまで気配に気付かなかった。


全く、地面の草木を踏む音すらしなかったから。


優がギョッとしてその人物を真っ直ぐ見ると…


それは、ケガが良くなってきて、竹林をたまたま散歩していた前世の定吉だった。


しかし、定吉なら、優が気配に気付かないのも仕方無い事だった。


定吉は、いつも日頃から戦国の乱世を渡り歩く為…


そして己の特殊な血筋の体質から、何かにつけて巨躯の自分の気配を消すように歩いていたから。


それに対して優は、数日前までただの高校生だったのだ。


定吉も目の前にいるのが、病で座敷に籠もっているはずの春陽だとてっきり思い、定吉には珍しく驚いた表情をした。


「春陽…お前…病気は、良くなったのか?」


定吉が、優にすぐ様尋ねると…


(ヤバ…見つかった…)


優は、やはり自分が前世の自分である春陽に間違われ、かがんだまま千夏の手を握りながら固まってしまった。
















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