第144話幼女転世

その晩は、春陽も、春陽の中に囚われている優も、一晩中何度も泣いた。


朝霧との別れは、それくらい悲しく辛く…


だが、泣き疲れて、少し眠る事もあった…


しかし…


後ろから呼び止める春陽を無視して、朝霧が美月姫を抱き締めながら二人で同じ馬で去っていく夢を春陽も優も見て…


春陽も優も同時に泣きながら目覚めもした。


時折、心配して春頼が傍に来てくれて、その時は泣かず平静を装っている春陽の背をさすったり、体を抱き締めてくれた。


猫の小寿郎はずっと春陽の傍にいて、春陽が泣いているのを知ってるだけに、慰めるように鳴いて体を時折春陽に擦りつけてきた。


だが、優には無論分かっていた。


あの美しい桜の精霊の小寿郎が猫になって、優と春陽を慰めてくれている事を。


定吉と真矢は、春陽の姿を見られないまま、時折、遠くから春陽の閉め切られた座敷をじっと見詰めた。


いつの間にか又泣き疲れたのか?


春陽も優も、又布団の中で眠りに落ちてしまった。


そして刻は、あっという間にまだ薄暗いながらも朝になった。


「うっ…な…なんか、さっ…さむっ!」


優は、うっすら眠りから目覚めながら、春と言え朝は寒く体が冷えて思わず呟いた。


だが、いつもの春陽の体の中にいるだけで、春陽の体を自由に動かせない時と、呟いた感じ何かが違う。


そして…


「へっ…へっ…へっぷしゅん!」


寒さから思わず、変なくしゃみをして変顔になり鼻をすすった。


だが、やはり、いつもと何か違った。


そして、目が完全に覚めて驚愕した。


優は、よくわからない山中の短い草むらに横に寝転がっていて…


しかも、今、優の精神のいる体を自由に動かせた。


「まさか…又、春陽さんの体を俺が乗っ取った?」


優は慌てて、上半身起き上がったが…


だが、春陽の体にあったはずの、獣のような爪も、頭の小さな双角も口元の牙も今は無い。


春陽の手にもある、刀剣使いに出来る豆も無い。


それに着ている小袖が、江戸時代に優が着ていたものと同じ。


しかし、体付きや声は自分と春陽は似すぎていて…


長く春陽の体にいたせいもあるのか?


優は、今自分が一体誰の体にいるのか実感が湧かない。


そこに…


「ガサガサガサ…」


と、草むらの音がした。


何かと思い振り返った優は、更に驚く。


そこに、巫女の装束のおかっぱのかわいい幼女が、大きな布と愛らしい日本人形を持って立っていて、どう見ても千夏にしか見えなかったから。


優は仰け反りギョギョッと目を見開いたが、幼女はただ無表情だ。


しかし…


「もっ…もしかして…千夏ちゃん…なの?」


優が優しくも恐る恐るそう尋ねると、幼女は急に走って、人形と布を傍らに置き優の首に抱きついた。


「千夏ちゃん!」


優は、千夏の小さな体を強く抱き締めた。


そして、次に少し体を離し千夏の顔をよく見て、右手で千夏の頬を撫でながら呟いた。


「やっぱり、あれは夢じゃなかったんだ!良かった千夏ちゃん、無事で!」


やはり、嬉しいのか悲しのか感情が顔に出ないし、声も出せないようだが、千夏に間違いなさそうだった。


「もしかしてこれ、俺にかけてくれようとした?寒いから?」


布を見て、優が尋ねた。


千夏はやはり感情の無い表情だったが、コクリと一度頷いた。


「そうだったんだ…ありがとう…」


優はニコリとし、一度いつもの優らしくのんきになりかけたが、今の状況を改めて思い出し慌てる。


「千夏ちゃん、今の俺って、春陽さんか優、どっちの体にいるかわかる?」


優は、千夏の両肩に手を置き、千夏の顔を覗き込み尋ねた。


コクリと、千夏がうなずいた。


「今の俺…春陽さんの体にいる?」


千夏は、首を左右に振った。


「じゃぁ、今いるのは、俺の体?」


千夏は、首を上下に頷いた。


「えーっ!!!て事は、俺は精神だけじゃなく、俺の体もこの世界に来たって事?」


優は、思わず絶叫したが、千夏は、又、首を上下に振った。


「でも、どうしよう…俺だけならまだしも、ちっ…千夏ちゃんまでも、この世界に来ちゃったのー?!」


優は、思わず天に向かい又叫び、頭を抱えて心底悶絶した。


「ヒヒーン!ヒヒーン!」


そこに、急に沢山の馬の鳴き声がし始めた。


だがそれは、朝霧が、遂に春陽の元を旅立つ時が来た合図だった。


優はそれを悟り、心臓を、冷たい手で握り潰されそうな感覚になった。





















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