第137話雷鳴

屋敷の外は、あんなに晴れていた空を今や暗い雲が覆い、強い雨が降りしきる。


そして、大きな雷鳴が、それが今近くにある事を知らせる。


春陽は、もう一度自分の両手を見た。


だが…何度見ても…


十本の指には、獣のような鋭い爪が突然生えていた。


春陽の中にいる優も、勿論驚く。


しかし、優にはいつかこうなる事が分かっていた分、ついに来るべき時が来たと冷静になろうとした。


しかしやはり、自分の出自を未だ知らない春陽には受け入れ難い事だったのだ。


焦る春陽は、突然春頼の座敷を、縁側から雨の降る庭に飛び出た。


ちょうどその時、春頼が縁側を着替えを持って帰って来た。


そして、濡れた男巫女姿のまま、裸足で庭を走り裏山の方向に行く兄の後ろ姿を見て大声で呼び止めた。


「兄上!」


だが、春陽は一顧だにしない。


異変を感じ、春頼も着替えを放り出し春陽の後を追った。


春陽は、裏門から裏山に入った。


そして、走った。


「兄上ー!兄上ー!」


遠くから春頼の呼ぶ声がするが…


春陽は、走ってこのまま何処か遠くへ行って、自分の存在自体この世から消し去ろうと思った。


もうそれ位、春陽を取り巻くものの多くが辛かった。


しかし…


都倉家からの召喚状には、春陽が何処かに逃げれば、両親や春頼、荒清村の村人全員を処刑するとあった事を思い出す。


藍の罠だと知らない春陽の足が、すぐ止まった。


自分の肩に、大切な人達の命がかかっているのだ。


だが、今暫くは春頼にこの姿を見られたくなくて、膝を地面に付き草むらに隠れる。


強い雨粒が顔や体に当たりながら、春頼が来ないかどうか探りながら息を殺す。


やがてほんの暫くして、春頼の気配が無くて少し安堵の息を漏らす。


だがその時…


「兄上…」


突然、背後から春頼の声がして、春陽は後ろを向き地面に尻もちを着いた。


「あっ…兄上…それは…」


明らかに春頼は、春陽の頭の二本の角、口元の二本の牙、指の鋭い爪を見て固まっていた。


実は、春陽は認識してなかったが、瞳も黒から青に変色していた。


「はっ…春頼…私も分からないんだ…分からないんだ…さっき突然、突然体がおかしくなって…こんな…こんな姿に…こんな…化け物みたいな…どうしたらいいか分からない…どうしたらいいか…分から、」


春陽は、酷く動揺しながらなんとか言葉を続けようとしたが…


「兄上!」


春頼も地に膝を着け、春陽を胸に抱き締めた。


「春…頼?…」


「兄上、大丈夫です。大丈夫ですよ。兄上には私がいます。大丈夫です…落ち着いて…」


甘く優しくそう囁きながら、春頼は春陽の背中を優しく何度も擦る。


だが、その時…


ガサ…ガサガサ…


少し離れた草むらが揺れた。


そして、春頼の背中に、ふと人の気配がした。


「春頼。お前、実の兄に何をしている?」


地を這うように低い声は、激しい怒りを孕んでいた。


その人物から、春陽の身体を隠すようにしゃがんでいた春頼は、聞き覚えのあり過ぎる声にそっと顔だけ振り返る。


「答えろ!春頼!」


実は春頼同様、走り何処かへ行く春陽の後ろ姿を見かけ、追いかけて来た朝霧の怒声は凄まじかった。























  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る