第135話花簪(はなかんざし)
時は、少し戻り…
まだ、春陽が控え室にて男巫女の化粧をしている頃。
ちょうどその頃…
頭の笠を深く被った背の高い、黒灰色の瞳の若武者が、三人の同じく笠を被った供を連れて荒清社に来た。
普段なら見掛けない男達は目立つ存在だが、祭りの関係で様々な人の出入りが激しく、特に気に掛ける者もいなかった。
この時は、いつもそれ位慌ただしい。
男巫女の奉納神楽の舞が始まると噂が流れ…
祭りの担当をする者…
その賑やかな様子を見に来た者…
人々が、舞の舞台である神楽殿周辺に俄に集まり始めた。
「余り…近寄られますと…」
黒灰色の瞳の男もそれを近くで見ようとして小声で従者に咎められた。
しかし…
「構わん。これだけ人がいて、皆浮き足立っている。誰も私の事など気にはしないし、このような田舎。私の事を知る者などいるはずも無い。それに…暇つぶしに面白いでは無いか?これから舞う男巫女がそれ程に美しいと言うならば…こんな田舎の男巫女がどれ程のものか見てみようではないか」
冷めた表情を変えない黒灰色の瞳の男の声は、回りに聞こえ無いようボソボソと言っているのに美しい。
そして、制止を聞かずぐいぐいと、人のごった返す中なのに前方へ行く。
普段、もっと黒灰色の瞳の男は慎重な質のはずなのに…?と、共の者達は困惑し小首を傾げた。
神楽殿は、本殿より少し離れた社内にある。
やがて、神職姿の春頼を先導役に、春陽が二番手で男巫女として多くの男の神職を背後に従え、本殿から祭列を引っ張って来た。
男巫女の姿が見えた途端、かなりざわついていた観衆達は、水を打ったように静かになった。
そして…
春陽一人が、神楽殿の舞台に向かい…
多くの神職達は、その回りにひざまずいた。
舞台には、すでに雅楽の奏者の集団が待機していた。
そして…
黄金の冠を戴いた美しい男巫女が、舞台に降り立った。
皆、その姿に言葉を失い、艷やかな長い黒髪に挿された藤の花房がしなやかに揺れるのをただ呆然と見詰める。
やがて、低く、しかし冴えた横笛の音が鳴り、雅な楽曲が始まった。
春陽は、右手に神楽鈴を持ち、シャンシャンとしなやかに振り…
まるで天女がそこに降り立ったかの様に軽やかに踊る。
荒清の青龍は、古にこの舞いをいたく気に入り、舞っていた男巫女を見初め愛し永遠の伴侶とした。
それ故に、この舞いをかの神に奉納する事は、他に様々な神楽が捧げられるが最も重要な事であるのだ。
朝霧と定吉、真矢、猫の小寿郎、春頼は、各自遠くからその清らかでどこか色情めいた春陽の舞いを凝視していた。
そして…
黒灰色の瞳の男も、それはまるで取り憑かれたように、笠で顔を隠しつつ器用に男巫女を見詰めた。
未だ春陽の中にいる優は、春風の様に舞う春陽に感心しながら、沢山の視線を感じていた。
だが、やがて春陽は、前方にいる目深の笠に顔を隠す黒灰色の瞳の男が気になりチラチラ見始めた。
そしてその内、優もめっちゃくちゃその男が気になり始める。
優にも顔は殆ど分からないが…
やはり回りに居る人間より、背が高く体格が良い。
ゴロゴロ…ゴロゴロゴロゴロ…
突然、こんなに空は晴れているのに、雷鳴がかなり遠くで鳴り始めた。
だが、その場を去ろうという観衆は居ない。
やがて、人々をほんの一瞬天界に連れて行ったかの様に錯覚させて、静かに舞いは終わりかける。
そしてその最後、春陽は舞の慣例通り、その髪の藤飾りを観客に向けて投げた。
どよめきが起こり、人々はそれが欲しいと取りに動いた。
しかし、それはいとも簡単に、たまたま黒灰色の瞳の男の元へ落ちて来てその手中に収まった。
観衆は、「運が良い!」と言ったり、「幸運がやって来ますよ!」などと黒灰色の瞳の男を取り囲み騒ぎ出す。
従者達は大慌ててこの場を去ろうと、黒灰色の瞳の男を逃がそうと誘導しようとした。
だが、黒灰色の瞳の男は、周囲の事など全く構わずその場を離れようとしないまま、やがてゆっくり笠を上げた。
全て終え、放心して舞台に立ったままだった春陽と、黒灰色の瞳の男の視線がガッチリ合う。
そして優も、全てが露見したその男の顔を見たが…
驚きの余り言葉が何も出なかった。
そして、優は一瞬、思考が真っ白になった。
優が戦国時代に来て、ずっと探していた人物とそっくりだったから。
そこに居た黒灰色の瞳の男は、生まれ変わりの観月頼光にそっくりだったから…
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