第134話例大祭
春陽が、朝霧と共に観月家を出奔する事を拒んで数日過ぎ、荒清神社の例大祭の日になってしまった。
その間…
(あれが間違いなら…なら…なら…どう言えば良かった?貴継…お前にどう言えば良かったんだ!貴継!)
春陽は、何度も何度も心の中で、気が狂いそうになる位に問うた。
春陽は朝霧を拒んだ夜から、もう朝霧と会話はおろか、朝の挨拶さえ出来なくなっていた。
しかしそれでも、常に朝霧の視線は春陽に向けられる。
そして、目が合う度に春陽が逸らす。
それでも…又絶える事無く…
朝霧は、春陽の体に絡み付くように春陽を強く見詰めてくる。
しかし、この例大祭が終わった翌々日に、朝霧は美月姫と結婚する為、観月家を去る事が正式に決まってしまった。
例大祭は、二日あった。
春陽は一日目…
早朝から様々な儀式を遂行し、そして、男巫女として吹笛を披露して拍手喝采を浴びた。
そして、二日目。
この日も目が回るような忙しい行事の数々をこなし、遂に男巫女としては最後である舞の奉納の時刻になった。
春陽は、上着衣は、天女の羽衣の如き美しい白い舞衣の千早をまとい、下は朱の長袴。
高貴な姫の如く、顔に完璧な化粧を施し、美しい黒髪は下ろし…
頭上に金の冠を頂き、右の耳上に、藤の花を写した本物とみまごう造花を飾る。
思わず、化粧や着付けを手伝った神職や弟の春頼さえ見惚れて息を漏らす。
すぐに春陽は、前を神職姿の春頼に先導され、廊下で控えていた沢山の神職の男性を背後に従え、神楽殿へ向かうべくその姿のまま控え室を出た。
その様子は、圧巻だった。
だが、大木に囲まれた静寂な人影の無い神社の奥のはずなのに、ふと春陽は視線を感じ、右に視線をやる。
すると…
小さなおかっぱのかわいい女の子の巫女が、向かいの建て物の陰から体半分を出し春陽をじーっと見ていた。
春陽は、思わずギクっとした。
例大祭の子供巫女かとも思ったが…
それは、先日夢で見た幼女のような気がしたから。
そして、春陽より更に驚愕したのは、春陽の中に共生する優だ。
「ち…ち…千夏ちゃん!」
優は叫んだが、周りに聞こえるはずもない。
(まさか…まさか…千夏ちゃんまでこの時代に来たのか?それとも…千夏ちゃんの前世なのか?)
もし本当に、千夏までも戦国時代に来たのなら…と想像すると、優は戦慄した。
いても立ってもいられなかったが…
しかし、春陽の体から出られる訳も無く、どうする事も出来ない。
だが結局、春陽も幼女が余りに気になったが、進み出した男巫女の祭列を止める事までには至らなかった。
やがて、男巫女の祭列は、沢山の参拝者が外から見詰める社殿の回廊に出た。
人々の拍手と絶賛の声が湧き上がる。
春陽は、その歓声に乱されず、ただ、ただ前をみて静静と歩き続けた。
そして、その姿を近くから…
定吉と真矢…
そして、この世界へ来て自由に色々制約なく変化が出来るようになった小寿郎が猫に化けて、おのおのの別の場所から見詰めた。
そして、朝霧も近くから…
一瞬の瞬きさえ惜しい位に、ただただ一心に春陽を見詰めていた。
そして、その朝霧を、遠くから美月姫が見ていた。
美月姫が観月家に来ても、美月姫の目の前でも朝霧は、春陽へ視線を向けるのを止めなかった。
その一切隠さない朝霧の熱い態度に、美月姫が朝霧の想い人に気付かない訳が無かった。
そして、美月姫は心の中で密かに思い再び決意する。
(貴継様。貴継様のその態度を見たら、わたくしが諦めるとでもお思いなのでしょうか?ならば残念ですが、わたくしはそんな弱いおなごではございませんよ。でも、仕方ありませんわね…春陽殿が男であれだけ美しいなら。わたくしが誰かに容姿で負けたと思ったのは春陽殿が初めてですが…貴継様が誰を想っているなどは問題ありませんわ…わたくしは、貴継様と必ず結婚いたしますから…)
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