第133話懇願
「私が…観月家を捨てて…貴継に付いて行く?」
春陽には、頭上から何かか落ちてきて頭を打った位の衝撃だった。
そして、春陽の中で優もそうだった。
「そうだ…ハル。俺に付いて来てくれ。でも、決してお前に貧しい思いはさせない。約束する。俺とこの観月家から内密に出奔してくれ!」
「…」
「ハル!頼む!」
朝霧は再び、春陽を頭から抱き締めた。
しかし…
「たっ!貴継!お前は…お前は…
幼馴染への情と恋情を勘違いしてるんだ!」
春陽は、朝霧の胸を押し返した。
春陽の脈が速くなり、それにシンクロし優も苦しくなる。
「勘違い?…」
朝霧はそう呟くと、自分の両手で春陽の両頬を持ち、そっと春陽に又口付けした。
そして、今度は、又強く春陽の唇を吸った。
その瞬間の…
ジュッッ…といった音が艶めかし
い。
「ただの幼馴染に、こんな事が出来るか?勘違いじゃ無い。俺は、お前に恋をしてる。それに、お前に向ける思いより強い思いなんて存在しないし、向ける相手もいない。そう…一生お前以外いない。これが…ただの幼馴染の情だけなのか?」
朝霧は、互いの唇同士がすぐ触れる所で離し、まだ春陽の両頰を持ち春陽の目を見詰め囁く。
春陽は、ギクっとした。
実は春陽も過去、自分の朝霧への深い思いが何なのか?考えなかった訳ではなかったから。
しかしいつもいつも、深く答えを探す前に…
答えを出すべきでは無い…と蓋をしてうやむやにしてきたのだ。
自分と朝霧は、男同士だったから…
「頼む…ハル…俺と一緒に来てくれ…俺の傍に一生居てくれ…頼む…頼む…」
朝霧の声は、低く、甘く、そして僅かに掠れている。
どんなに真剣で情熱が込められているかが如実に分かる。
だが春陽は、朝霧に言っていない、都倉家からの春陽の出仕命令の書簡を思い出した。
書簡には、もし春陽が出仕を拒否したり婚姻したりして逃亡すれば…
春陽の両親、春頼はおろか、観月家の奉公人、荒清村の村人全て…
そして…
朝霧家も又、観月家と縁が深く都倉家にも仕えていたので、朝霧と朝霧一族をも死罪にすると言う旨が書かれていた。
何故、都倉家が自分にそれ程固執するのか分からない春陽だったし…
何よりその異常さに、すでに春頼が何か嫌な予感を感じていたが…
都倉家の情け容赦ない様を知っているだけに、ただの脅しかどうか、今は判断できずにいた。
だが、春陽に固執しているのは、勿論、都倉家では無い。
春陽に固執しているのは、藍だ。
春陽は、朝霧に書簡の真実も言えず、顔を手で固定されたまま無理やり背けた。
「すまない…貴継…私は…一緒に行けない…」
「……ど…どうして?…」
朝霧は、瞳を苦悶で細めながら、両手で挟んでいた春陽の顔を朝霧に向け直した。
「私にとって、お前は…やはり幼馴染だからだ…」
お互いの顔が近い中…
どうしても我慢しきれず、春陽の両目から涙が零れた。
「なら…なら…何故泣く?ハル…」
朝霧の両目も潤んでいて、いつもの朝霧らしく無く、声の震えを耐えているようだった。
「あの頃が…幼い頃、何も考えなくても、ただ、ただ…貴継と一緒にいられた頃が…ただ、ただ懐かしくて…」
朝霧は、一瞬目を見開き絶句したが、左手で春陽の頰を持ち、右手で春陽の美しい黒髪を撫でた。
「ハル…もう一度頼む…どうか…俺と一緒に来てくれ…お前と一緒にずっと、ずっと生きて行きたい…」
春陽の心は揺らいでいたが、間を開け、それを悟られてはならなかった。
そして、春陽の脈が更に速まり息も詰まる。
「すまない…貴継。私は、お前と一緒に行けない。お前は…お前は、美月姫様と夫婦になるべきだ…」
「…ハル……」
朝霧は、絶望の表情で春陽を見詰め呟いた。
そして…
サッと立ち上がり…
急ぎ春陽の座敷を出ていった。
座敷に、恐ろしい程の夜更けの静寂が戻る。
優も泣いていた。
そして…
自分の前世であるはずなのに春陽の本当の気持ちが分からず呆然としていた。
春陽もまだ涙を零しながら、体と唇は酷く震えていた。
そして、何度も問う。
(これが間違いなら…なら…なら…どう言えば良かった?貴継…お前にどう言えば良かったんだ!貴継!)
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