第128話美月姫

春陽は、朝霧に腕を強く引っ張られながら、定吉のいる座敷のある別棟からだいぶ離れた母屋の縁側まで来た。


そして、そこでやっと朝霧は、春陽から腕を離した。


春陽は朝霧を見て、次に傍に居る春頼に視線をやる。


相変わらず、幼馴染みと弟の表情は厳しい。


「何やってるんだ、お前は!」


朝霧が、口調が荒いのに春陽がビクリとする。


その様子に春頼が目を眇め朝霧の肩を掴んで止め、代わりに、春陽に対して小さい子供に言うように諭した。


最近、朝霧の春陽への言動が厳しい時が増え、その度に春陽は、春頼の優しさに救われ続けている。


「兄上、兄上があの様な事する必要はありません!」


「でも、みんな、祭りの準備が忙しそうだし…」


「兄上…お願いですから、私は心配で仕事に集中できませんから…」


「そんな大袈裟な。私はおなごじゃないぞ」


「兄上!お願いです!」


春頼が、真剣に懇願してくる。


春陽は、弟のこの表情に弱い。


だが再び、朝霧の声がした。


怒りが収まらないのか?まだ声が低く冷たい。


「ハル…お前…やっぱり…あの男の事、俺の知らない所でかなり以前から知ってたんだろう?」


朝霧がそう言うので、春陽は困惑する。


こう言われるのは、もう何回目だろうか?


朝霧が何故こうも、春陽と定吉の仲に固執するのかが、春陽には分からない。


「何回も言うが、本当に知らな

い…」


実際、不可解な事に、春陽も定吉に対して自分でも分からない、前から知っている様な説明出来ないものがあった。


だが、本当に知らない。


こっちが教えてもらいたい位だった。


だが、もしかしたら…


一時、春陽の体に憑依して春陽に代わり自由に動かし、春陽を装い続けたあの男なら、何か知っている気がした。


第一、「定吉」と言う名も、あの男が言っていたのだ。


出来る事ならあの男と話をして、もっと教えてもらいたい程だった。


定吉と言う男についても、あの一つ目の化け物についても…


そしてあの時、一つ目に襲われた時、何かを召喚したのかどうかを…


あの男が春陽の体を乗っとていた時…


春陽もちゃんと自我があり、乗っとられた自分の体の中にいてずっと様子を見ていたが…


あの男が、何かを召喚したかもしれない瞬間から朝霧に川で助けられるまでの記憶だけ無い。


あの男は、何かを召喚したのだろうか…


それは、春陽にとって、何かとても、とても大切なモノだったような気がするが…


何かが分からない。


そして何か、春陽の知らない所で、何か大きなモノが動いている気がした。


だが、その時!


「痛っ!」


春陽の頭に痛みが走り、よろけてしまう。


だが、それは同時に、春陽の中にいる優も感じた。


「ハル!」


朝霧が叫び、春陽を前から抱き支え…


「兄上!」


春頼も、驚きの声を上げた。


だが、その突然の頭痛の原因は…


今の戦国時代から遥か時代を超え、江戸時代にあった。


丁度、その頃…


江戸時代の荒清神社の本殿では、春陽の中にいる優と、同じように前世の自分の体の中にいる、朝霧、西宮、観月、定吉の精神を、戦国時代から呼び戻す儀式が行われていた。


一つ目を始末出来なくても、早く優達を呼び戻さなければ、優達の体が本当に死んでしまうからだ。


広い御社殿の中の拝殿内。


その中の上座で、尋女が紅蓮の神火を轟轟と燃す。


そして、その距離を取った後ろ、背中合わせで…


白の布で目隠しされた幼巫女千夏が正座する。


そして…その前には…


尋女の龍眼の水晶と…


千夏側に頭を向けて眠り横たわる、生まれ変わりの優、朝霧、西宮、観月、定吉達の体。


そして、その回りに円陣を作り、老若男女の術師が、ある者が呪言を唱え、ある者は、鈴や太鼓を打ち鳴らす。


そんな事を知らない戦国時代の春陽と優にまず最初に変化があり、更に酷い頭痛を感じた。


しかし…


「だっ…大丈夫だ…」


春陽はそう言って、なんとか真っ直ぐ立とうとする。


「ハル!」


朝霧は春陽を抱き上げて、春陽の座敷へ連れて行こうとした。


だが、その時…


縁側の角を、一人の守護武者が走って来た。


「貴継様!斉木家より、御使者の方々が突然お見えに…貴継様に今すぐお目にかかりたいと…」


それを聞き、朝霧だけで無く、春陽も春頼も驚く。


斉木家と言えば…


朝霧が婿入りする予定の、隣国遠江(とおとうみ)の大名家だ。


春陽、朝霧、春頼は、急ぎ母屋の玄関に向かう。


そして、着いた時には父と新右衛門がすでにいて…


父が、まだ頭に笠を被ったままの武者数人の使者の中の一番前の者と話し始めようとしていたが…


その使者のすぐ横にいた若武者が、笠に隠れた目で朝霧を見付けると一歩前へ出て言った。


「朝霧貴継様…お会いしとうございました…」


その声は、明らかに若い女性の声だった。


そして、その若武者は、スッと笠を取った。


すると、肩衣袴の男だとばかり思っていた若武者は、長くツヤやかな髪を後ろに束ねた若い女性で、それはそれは、あでやかな大輪の花のように美しかった。

 

「美月で御座います。貴継様…わたくしの殿…わたくしの旦那様になる御方…お迎えに上がりましたわ…」


朝霧の婚約者の美月姫は、その名の通り輝くように微笑んだ。


突然の事で春陽は、顔を強張らせ美月姫と朝霧を交互に見た。


頭痛と動揺で、春陽はもう倒れそうだった。


そして優も、気を失いそうだった。


そして朝霧は、美しき婚約者の来訪を喜ばなければならない立場だったが…


例えそれが、美女であろうがなんだろうが…


まるで…朝霧と春陽を引き裂く地獄からの迎えが来たように顔を引き攣らせた。


















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