第110話彷徨
ハッキリ分からない…
でも、誰かが呼んでる気がする…
ハッキリ分からない…
春陽さんなのか俺なのか、どっちを呼んでるのか?
若い男の声…
朝霧さん?…
いや、違う…
西宮さん?定吉さん?それとも…
観月さん?
いや、違う…
でも、俺を呼ぶ声が、朝霧さん達に近い位強い…
それ位、強い…
誰?
優の精神体は、意識があやふやなまま誰かの声に呼ばれてしまい、ふわふわと彷徨い、ある場所に降りたった。
「ここ…どこ?」
朝霧の胸の中で温かい眠りに落ちたはずだった優は…
突然、しじまの広がる…
薄明かりが襖の部屋同士の間の柱に等間隔に灯る、見知らぬ暗がりの長い廊下に立っていた。
又、自分の前世の春陽の体から抜けて謎の空間へ行ったと思えば、妙な場所に来た。
優の頭は、もう訳が分からず混乱する。
「あっ…朝霧さん?朝霧さん?」
その名を呼んでキョロキョロしてもその姿が無く、優の胸にズキっと大きな痛みと不安が走る。
そして、さっきまで朝霧に抱かれ感じていた温かさが無い事があまりに空虚で、思わず自分の体を抱き締めた。
(イヤだ!朝霧さんと離れたくない!朝霧さん、朝霧さん、何処?!)
更に、何だろうか?
しかも、優は精神体にも関わらず、実体らしきモノのように存在出来ている。
今、どこか分からない、大きな寝殿造りの屋敷にいる。
江戸時代の観月の主殿(とのも)造りの屋敷に似ている所はあるが、又違う趣き
。
観月のわびさびを旨としたような屋敷と違い、襖一つにしても装飾の色と絵が派手だ。
だが、優は、いつになってもこの、純日本的な屋敷には馴れない。
そう…何かが、出て来そうなのだ…
恐らく、東京で暮らしていた頃に見たホラー漫画やホラー映画、遊園地のお化け屋敷の影響だろう。
廊下の明かるさは充分だった。
だが…
優は、不思議そうにその灯りのひとつに近づき見ると驚く。
そして、大きな声が出そうだったのを口を押さえたが、廊下に尻もちをついた。
火が、直火で、ふわふわ空に浮いていた
。
(ひっ…ひっ…人玉?!)
優は、口に手をやったまま廊下を尻もちを付いたまま後ずさりする。
(…マッ、マジで…ゆっ…ゆっ…幽霊?!)
それに、さっきから、優はこの屋敷内に漂う匂いが気になった。
妖艶な花の香りと、血の混じったような…
優の体に、まるで執拗にまとわりついてくるようなこの匂い。
(あいつの匂い…藍の匂いがする)
優は、藍の…優を凍るように、しかし激烈に見詰めるあの美し過ぎる美貌を思い出す。
すると突然、優の額に嫌な汗が滲み出す
。
そして…
優の感は、当たっていた。
同じ時…
優の今いる屋敷には、前世の藍と人目を忍んで訪れていたその母、椿がいた。
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