殉剣の焔

第104話Reunionレユニオン

　やがて、優と定吉の視線が合った。

　お互いにハッとなり、再会した事に何かを思いかけたが……

　定吉の背後の背の高い藪で、何かが動く気配がした。

　それが、爆風に飛ばされた化け物だと、優と定吉は瞬時に察した。

　間髪入れずその一つ目が、優に再び襲い掛かろうと空を素早く飛んだ。

　優は、もうやぶれかぶれで紅慶を構える。

　が、そこに……

　定吉が異様な身体能力で駆け付け優の前に立ち、優の代わりに一つ目の大きく鋭い爪を刀で受けた。

　「さっ！定吉さん！」

　驚く優に定吉は、予想以上の化け物の強い力に「ううっ…」と呻きながら、春陽だと思っている優に叫んだ。

　「ここは、俺が！お前は逃げろ！」

　「でっ！でも！」

　「逃げろ！早く！春陽！早く！」

　優は戸惑いながら、定吉の言う通りに走り出す。

　しかし、突然。

　あろう事か、一つ目の体からもう一体の一つ目が出てきた。

　一つ目は、分身の能力を持っていた。

　「何！」

　定吉が叫び、優は走りながら振り返った。

　分離したほうは、素早く飛び優に近づき、本体と同じ凶悪な爪を優に向かい振り下ろした。

　「春陽ぃー！」

　その場を動けず、定吉が叫ぶ。

　優は咄嗟に紅慶で、一つ目の爪を受けて振り払う。

　そして対峙し、紅慶の刃を振る。

　春陽の剣捌きを冷静に思い出そうとしながらも、焦りが勝って上手くいかない。

　シュッ！シュッ！シュッ！

　一つ目は、紅慶を機敏に避け後ろへ下がり、紅慶の空を斬る音が何度もする。

　素人の優にしては善戦していてもやはり春陽の様にはいかない。

　再び一つ目が優に突撃し、爪を振り下ろす。

　優は、受けて弾く事で精一杯で、阻まれた爪と刃のぶつかる音だけが何度もする。

　春陽を横目で案じ、まだ自らも刀で一つ目の爪を受け動けない定吉が焦れる。

　「化け物！どけぇっー！」

　定吉は隙を付き、素早く化け物の目に刃を突き立てた。

　その技は見事で、狙い通りの所に入り、勝敗は決まったはずだった。

　普通なら、完勝だった。

　しかし、その目は強く、鋭い刃先すらも通さなかった。

　愕然とする定吉と優だったが、その時、優の左肩に、一つ目の爪の先がかする。

　「わぁ！」

　思わず声を上げた優の傷は大した事は無かったが、定吉の優のケガへの動揺は余りに激しかった。

　定吉に、心の隙が出来てしまった。

　と同時に、優の目の前に紅いモノが飛び散った。

　優はすぐにはそれが何か分からなかったが、すぐそれが、優を気にするあまりそこを一つ目に付かれた定吉の鮮血だと知る。

　定吉の前左肩から右下に向かい、鮮明な一つ目の爪の傷が出来る。

　しかもその定吉の身体は、更に一つ目の手で遠くの木の根本に叩き飛ばされた。

　「定吉さん！」

　優の絶叫で、両足を地面の上に投げ出し木に寄りかかる定吉の目がうっすら開く。

　「いやだ！いやだ！定吉さん！死んじゃいやだ！定吉さん！定吉さん！」

　優は叫びながら、必死で今度は一人で二体の一つ目に刀を振る。

　たが、優を切り裂かんと伸びてくる巨大な二体の爪に、それを刃で弾くのが精一杯だ。

　は……春陽……と、定吉の唇が動く。

　しかし、もう声は出せていない。

　そして、その定吉の胸に出来た深い爪跡から、血がダラダラと止めどめもなく流れ続ける。

　それでも……

　（春陽……俺は、死なない……行かなくては……俺は……春陽の所へ……行かなくては……）

　定吉は、なんとかその巨体を動かそうとする。

　「定吉さん！定吉さん！定吉さん！」

　優は、刃で攻撃を防御しながら必死で呼びかける。

　定吉は、地面をうつ伏せになりながら、木の根元から優に向かい這い出した。

　その跡に、定吉の紅い鮮血が染み込んでいく。

　だが、そこに……

　春陽を呼ぶ声がした。

　「ハル！」

　朝霧が、抜き身の刃を振りかざし優の元へ走りこんで来た。

　「兄上！」

　春頼も、光る刀身を手に突撃して来る。

　「朝霧さん……春頼さん……」

　呟いた優は余りの嬉しさに、気が一瞬抜けてしまった。

　途端に一つ目の片割れが、その巨大な手を縄の様に変形させ、紅慶を握る優の右腕、そしてもう片方を優の体ごと巻き込んで掴んだ。

　そしてすぐ様、逃げようとして空高く飛んだ。

　優は、紅慶を使えなくなる。

　「ハル！」

　「兄上！」

　必死に追いかけようとする朝霧と春頼だったが、もう一体の一つ目が立ちはだかる。

　「ハルぅー！」

　朝霧の絶叫が、天に響く。

　優はその声を聞き、どんな事をしても死ねないと、悪足掻きだと分かりながら一つ目の手の中でジタバタ暴れ、魔刀に助けを求めた。

　「べっ！紅慶！」

　体を圧迫されながも精一杯叫ぶと、紅慶は又、一瞬激しく耀いた。

　すると……

　「ぎゃー！」

　一つ目の、巻き付く腕の一部が紅慶の光に焼かれ、一つ目が叫んだ。

　そして、一つ目はその痛みから、思わず手の中の優をすぐ下の川に向かって投げつけた。

　優は、真っ直ぐ水中に頭から突っ込んだ。

　そして、もう意識の無いまま、急流に流されて行く。

　「ハル！」

　朝霧が叫び、素早く着衣を脱ぎ捨て褌一枚になり、川へ飛び込んだ。

　「兄上！」

　春頼も、朝霧同様の行動をしようとしたが、

　「させるか！」

　春頼は兄を想い、優と朝霧を追いかけようとする一つ目のもう一体の前に立ちはだかる。