第101話跳泥

しかし…その時…


「あっ…朝霧さん…」


優は、瞼の奥、絶望の淵で、朝霧の顔を思い浮かべた。


朝霧を思い出した、その瞬間、優は瞼を開けて、もう一度生気が蘇る。


うつ伏せのまま草を握った手に、力がこもり、その名を再び呼ぶ。


「朝霧さん…朝霧さん…」


そして次に、西宮、観月、小寿郎、真矢

、二人の定吉、江戸時代の千夏達、東京の両親の顔が次々浮かぶ。


(俺は…俺は、ここで、死ねるか!)


優は、ボロボロになりながら立ち上がり

、走り出す。


所が直後、又、泥に足を掬われコケてしまった。


それでも、


今度は歯を食いしばり、すぐに立ち上がり、又走り出す。


遠くの泥や水溜まりを機敏に判断して、


しかし、東京にいた頃には考えられない程、生存本能のままの野生動物のようにガムシャラに走る。


だが、


「ゴーッッッー!」


足の無い一つ目が空を飛び、木々の間をぬい激しい風を切る音を立てて、優の背後に追い着いた。


途端に一つ目の右腕がその長さ自体が伸び、異様な速さで優に向かってきた。


振り返った優は、一度は咄嗟に避けて、


二度目の襲来は、落ちていた木刀程の長く太い木を拾い、一つ目の腕を思いっ切り殴り弾いた。


だが、化け物は痛みすら感じないのか再び右腕が伸びてきて、優が弾く。


なんだか以前より敵の攻撃に、優は反応が早くなっていた。


春陽と同化している内に、自然と体が動くようになってきているようだ。


そして、今度は左腕が伸びてきて、弾く。


抵抗しながらこういう時、ゲームだったら敵の弱点を付くのがマストだと…


それを優は思い出す。


そして、大体、一つ目のような敵は、その大きな目が弱点だったりする。


本当にそうか分からないし、本来ならそんな事をするなど想像すらしたくない…


しかし、そうも言ってられない。


優は木を構えて、化け物の大きな目に向かい、泥を跳ね上げながら突進した。


「でぁーー!!!」


声を上げ、優の残る力を振り絞る。


一瞬、やった!と思ったほど、木を一つ目の目に突き立てようとした角度は良かった。


しかし、


木は、一つ目に取り上げられて、その反動で、優は泥溜まりに飛ばされ背中から落ちた。


「ぐっ!ぐぁっ!」


速攻一つ目が、優の首を両手で締め、優が苦悶の声を上げる。


優は、手をバタつかせ、一つ目の体を足蹴りし必死で抵抗した。


泥が、油に落ちた水のように激しく跳ね上がる。


「苦しめ!苦しめ!我の弟の分、苦しめ!」


一つ目が叫ぶが、あれは、勝手にそちら側から優を殺そうてしてきた末の事で…


優にすれば、全くお門違いのセリフだった。


「いいぞ!苦しめ!苦しんで、死ね!!!」


泥の中で壮絶に藻掻く優の目に、嬉しそうに嗤った一つ目が映る。


その一瞬…


優は、ここにあの魔刀があればと閃いた


(べっ…べに…よし…)


しかし、この世界に紅慶を呼ぶのは果たして正しい事なのか?


第一、呼んで来てくれるのかすら分からない。


だが、その間にも、首の締め付けがキツくなる。


その時…


「春陽!!!」


優の耳に、悲壮な絶叫が聞こえた。


その声が、優を見捨てられず追いかけてきた定吉のモノだと気付いて、優は瞬時に決めた。


この状況でも、初めて紅慶を手にした時の如く精神を寄せ集める。


そして…


(べっ…べに…よし!)


心の中で呼んだ瞬間、優の青い目の瞳孔が一瞬大きくなり赤く光った…


そして…


青かった空の遙か上の広い一帯がオレンジ色に光かり、そして瞬く間に赤に変色し、


その中で、激しい雷鳴と稲光が始まった


























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