第83話煉獄の獣狼

春陽を見て大きい角の淫魔がほくそ笑み肩に担いでいた雪菜を地面に放り投げた


「雪菜ー!!!」


春陽は叫び、刀を抜き助けに走る。


途端に黒獣の群れが春陽めがけて怒涛の如く向かって来た。


「くそっ!」


小寿郎も叫び、たった一匹でそれらが春陽に近づかないように噛み付き、鋭い爪で切り裂いてゆく。


しかし、どれだけ切っても裂いても、黒獣は再び夜の闇から湧いて出る。


そして、遂には春陽を狙い、更に今までより遥かに巨大な一匹の黒獣が唸り涎を垂らして現れる。


その姿は、正に煉獄の獣狼そのものだ。


小寿郎は、春陽に飛びかかるその巨獣を遥かに小さい体で止めて反撃する。


その内、小寿郎は、「豆丸!」と叫んだ


すると、高い空中に、春陽の部屋を周回していた小さなかわいい物の怪が現れた


そして、発光を止めた小寿郎の代わりにその体に比例しない強力な光を放ち視界を照らし始めた。


しかし、その豆丸は、一生懸命役目を果たしながら、自分の下で起こっている衝突を見てカタカタと体を振るわせ、アワアワアワとなりながら焦っている。


一方、確かに、定吉も春陽の首を狙っていた。


そして目の前には、やはり首を持っていけば、或いは生け捕りすれば金の山に化けるだろう、別の淫魔も二匹いる。


しかし、これだけのややこしい状況。


素早い損得勘定で、いつもの定吉ならさっさと一度撤退するはずなのに、定吉は

、尚も春陽の近くに行こうとする。


「おっと。邪魔すんな」


そう笑い、小さい角の淫魔が定吉の前に立ち塞がった。


「てめぇが邪魔だ!どけぇ!!!」


娘の元に急ごうとする春陽の事だけが心から離れないままで、定吉は、小角の淫魔に腹の底から野獣の如く吠えた。


即、激しい音を立て、定吉と小角の淫魔の刀がぶつかり再び交差した。


落とされた雪菜が未だ手足を縛られ頭に袋を被せられたまま草むらで藻掻くと、黒獣達が彼女にも襲い掛かかろうとする


「雪菜ぁ!!!」


このままでは間に合わない!


寸前で春陽は叫び、守る為に滑り込んで雪菜の体に覆い被さった。


しかし…


「ギャン!キャン!」


ひしっと雪菜を庇う春陽の耳に、黒獣の弱々しい声が入った。


春陽が何があったか顔を上げると、目の前に、さっと助けに入った春頼が黒獣達を刀で斬りまくっている。


そして春頼は、次に飛び掛かって来た長角の淫魔の剣を、自らの身と刃を挺して受けて弾く。


「兄に、触れるのは許さん!!!」


「春頼!」


春陽が弟の名を呼ぶと、春頼は叫んだ。


「兄上、雪菜を連れて!早く!」


春頼は、人ならぬ者の猛攻を一歩も引かず烈火の如く迎え討ち始める。


春陽は頷き雪菜を横抱きし走り出し、暫くすると木の根本で一度下ろす。


そして、雪菜の頭の袋と手足の縛めを解いた。


「春陽様!!!」


雪菜が震える体で叫び、春陽に抱きついた。


「必ず来て下さると思ってました!春陽様!」


「雪菜、ケガは?痛い所は?」


春陽は雪菜の体を離すと、その顔を両手で持ち上げ覗き込み早口で聞いた。


雪菜は、春陽の顔を見て安堵したのか微笑むと、首を横に振った。


「行こう!」


春陽の腕が、ふわっと雪菜を抱き上げた


朝霧や春頼よりは体が小さいが、春陽も男。


元々一応力はそれなりにあった。


しかしここ数日の体質の変化で、更にそれが増した体感がする。


だが、今はそれを気にしている場合では無い。


春陽は一度、大角の淫魔と刃を戦わせる春頼を振り返った。


そして、春頼と共に応援に来て、その春頼を黒獣から護り刀を振るう守衛武者の方も見た。


だが、春陽の中にいる優は、その守衛武者の顔を見て驚愕する。


(し…真矢さん?…)


その時優は、小寿郎が夢の中で言っていた、たぬきが真矢だと確信した。


(でも、何故?どうして真矢さんが?!


だが、真矢を知らない春陽は、弟と守衛武者を気にしながらも雪菜を腕に走り出した。


しかしそこに、又黒獣が二匹飛び掛かって来る。


春陽は、雪菜を腕に守りながら応戦し、二振りで斬り倒す。


しかしすぐさま、又違う黒獣が春陽達めがけて飛びかかる。


だがそこに、また突然何者かが入って来て、その黒獣が刃で斬られた。


ア然としている春陽と雪菜の前に、その黒獣を剣で斬り裂いた朝霧がいた。


(朝霧さん…)


優が呟き…春陽も同様に、戸惑いながら名を呼んだ。


「貴継…」


一瞬、春陽と振り返った朝霧は視線が固く合う。


汗と獣の返り血に塗れた朝霧は、いつもの冷静さが嘘のように鬼気迫る様子で肩で息をしている。


静止を振り切った春陽に対する怒りなのか?それとも、違うなら…どう言う感情なのか?


その春陽を見詰める朝霧の視線が、春陽がゾクリとする程強く鋭い。


分からなくて戸惑うが、春陽は、今はそれを深掘りしている場合でも無かった。


「行け!ハル!」


朝霧が、襲いかかろうとする黒獣に向き直り叫んだ。


春陽は、雪菜の為に屋敷に戻ろうとした




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