第78話襲撃

春陽と朝霧が廊下を急ぐと、途中で、同じように春陽の母の悲鳴を聞きつけた春陽の父と春頼、数人の守衛武者と合流した。


更に、大人数で春姫の部屋へ急ぐ。


すると、春姫の部屋の障子が開いて、仄かな灯りが廊下に漏れていて、その上に部屋から幾つもの紅い鮮血の筋が流れ出ているのが見えた。


春陽は一瞬、心臓が止まりそうな衝撃を受けたが、それは、春陽の中にいる優もそうだった。


優にとってその光景は、令和の東京にいる時まではゲームかテレビドラマとかの中だけの話しだった。


そしてこの後、この時代に飛ばされて来た事を心底後悔する事になる。


「母上!!!」


青ざめた春陽が先頭で部屋に入ると、畳みの上に、先に来ていた三人の守衛武者が倒れてそこに血溜まりも出来ていた。


そして、その向こうで母が、尋女似の侍女、お勝と抱き合ってその惨状を見て震えていた。


「これは…何があった?!」


父が母を急いで抱き締めた。


「姫!春姫!しっかりしろ!」


だが、自失から戻らない母に、父がその顔を見て叫んだ。


「あ…貴方様…」


やっと母は、我に返った。


だが、次に母の口から出た言葉に、春陽も優も、そこに居た男達も固まった。


「雪菜が…雪菜が…巫女の着衣を着て私が舞の稽古をつけていたら、突然、三人賊が入って来て、雪菜の事を、こいつが観月春陽だと言って連れ去って!」


雪菜は、春陽にとって同い年の、朝霧ほどべったり一緒では無かったが、仲の良い幼馴染みの一人だった。


「えっ!!!」


母の傍らに片膝を付いていた春陽は、血相を変えて後を追おうと立ち上がろうとしたが…


二つの声が同時に重なる。


「兄上!」


春頼が叫び、兄の右腕を掴み…


「ハル!」


同時に朝霧も、春陽の左腕を掴み吠えた


そして、朝霧と春頼が又同時に春陽を強引に座らせようとした。


一瞬、朝霧と春頼は、お互いを複雑そうに横目で見たが、すぐに朝霧が春陽に向き直り声を張った。


「行くな!ハル!お前が狙われたんだぞ

!雪菜は、俺達が追う。お前は屋敷に残れ!」


「兄上、雪菜殿は、私が必ず助けます!屋敷に居てください!」


そう懇願する春頼の手が、春陽の腕に食い込む。


「馬鹿な!雪菜は、私に間違われたんだぞ!」


春陽が拒むと、父が冷静に指示した。


「春陽…お前は屋敷に留まれ。そして、貴継、お前もだ。結婚が近いのだからな

。私は、屋敷と村の安全を確保する。春頼とここにいる守衛は、雪菜を追え!すぐ、応援の守衛と共に私も行く」


春頼と守衛達は頷き、風のごとく部屋を出たが、父の静止も聞かず、朝霧も飛び出して行った。


「待て!貴継!」


春陽と父の声が重なった。


そして、再び立ち上がろうとする春陽を

、父がその腕を掴んで止めた。


「お前は、残れ!」


「父上!」


「残れ!春陽!」


「…すいません!父上!」


春陽は、父の腕を振り払い走り出した。


「春陽!!!」


その耳に、母の引き裂くような叫び声が聞こえた。


「ハル!」


春陽が後ろから追って来たのに気づき、朝霧が春陽の肩を掴んだ。


そして、壁に春陽の背中を押し付けさせ互いの体を向い合わせで密着させると、朝霧の大きな体で春陽をそこに磔にした


「ハル…俺は、ここに残れと言ったはずだ!」


低い朝霧の声に、激しい怒気が混じっている。


「でも、雪菜が!それに、お前こそ残れ

!お前はもうすぐ美月様と結婚するんだぞ!」


春陽が叫ぶと朝霧は、突然、春陽の額に朝霧自身の額を当てた。


春陽が、息が出来ないという位近くに朝霧の顔があり、春陽の鼓動が煩く打ち思わず呟く。


「なっ…何?…」


優も、激しく動揺した。


そこに、朝霧が熱い息と共に呟いた。


「結婚なんて、どうでもいい…どうでもいいんだ。ハル…頼む。頼むから…ここに居てくれ…ハル…」


そして、次には朝霧の瞳に険が浮かび、口調が冷ややかになった。


「俺は、お前を狙った奴等を許さない!捕まえて何が目的か吐かせてやる」


「たか…つぐ…」


春陽は、朝霧の頬を自分の両手で優しく持ち上げ、額同士は離れたが、すぐ近くから朝霧の瞳を見詰めた。


「ハル…」


険しさを捨て、朝霧が吐息のような息を吐きながら呟き、春陽の左の手の平を朝霧の唇に持っていきぐっと当てた。


その行動に、ピクッと春陽は体を震わせ言葉を失った。


だが、にわかに屋敷中が人の声と物音で騒がしくなり、向こうの暗闇から守衛武者の集団が来ただろう足音がした。


春陽と朝霧はハっとしたが、そのほんの

、ほんの僅かの朝霧の隙を突き、春陽はスルッと朝霧の捕縛から抜け出した。


「ハル!」


朝霧が叫ぶと武者達が立ち止まり、前の一人が言った。


「春陽様、貴継様、どうぞ屋敷にてお留まりを!」


それを聞き、春陽が朝霧の体を押して、別の二人の武者が前に出て朝霧の腕を左右からガッチリ掴んだ。


「ハル…」


眉を顰めた朝霧の後ろで、さっきの武者が更に念を押した。


「さっ、春陽様も、お部屋へお戻りを…


しかし春陽は、さっと皆に背を向け駆け出した。


「ハル!ハル!!!」


朝霧は顔面蒼白になり、焦る武者達の腕を振り払い、けれど猛然と春陽を追った
































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