第71話夢枕

勿論、小寿郎も、優が本当は淫魔と知っている。


だから、ほんのちょっとのつもりだった…


小寿郎の紅い舌が面の口元の空いた所から出て、無意識に蠢きながら引き寄せられるように優の右乳首をまずは舐めてやろうと伸びる。


ただのおふざけのつもりが小寿郎の鼻息も自覚無く荒くなり、その舌先が優の完熟した食べ頃の肉の粒まで後少しまで来た。


しかし…


小寿郎身の内が、激しく揺らいだ。


自分が張ったこの夢界の結界が、突然破れた衝撃で。


その場で優に分からない様に速攻慌てて修復したが、少し遅かった。


「主に向かい、無礼な振る舞いは止めろと言ったはずだ!小寿郎!許さんぞ!」


優も小寿郎も聞き覚えのある声が、激しく厳しい低い声で断罪した。


上半身起き上がった優達の視線の先に、同じく真矢の家の浴衣姿の朝霧が突然居た。


「ちょっとふざけてただけだろう!」


小寿郎が不満気に叫んだ。


「ちょっと?…ふざけてただけだと?…二度とするな…さもなくば…」


キツく細められていた朝霧の視線と声に、更に酷薄さが増す。


「まさか…夢の中まで付いて来て守護とは…朝霧、お前、どれだけ……」


小寿郎は、呆れた様に言うと意味深に途中で止めて、手に持つ刀の鯉口に手をかけて斬りつける準備をしている朝霧の睨みを何くわぬ態度で受け止めた。


「あっ…朝霧さん」


突然の事で固まっていた優から、やっと声が出て呟く。


(生まれ変わりの方の…朝霧さんだ…)


着ている物の所為で、そう思うんでは無い。


優には、何故かビミョーな違いが分かっていた。


そして、慌てて自分の乱れた胸元を直す。


しかし、朝霧に何か言いたいのに、喉が詰まって次が出てこない…


側に行きたいのに、足がヘタれて言う事を聞かない…


「主…」


朝霧も優に視線を移した途端殺気を全て捨て去り、動けないまま魂を抜かれた様な表情でうわ言の様に呟いた。


そして…


優と朝霧の視線が、その場で強く…深く絡み合う…


それを見た小寿郎は、その二人の世界に入り込みずらくてチっと心の中で舌打ちしたが、朝霧がどうやってこの世界に入り込めたか一瞬思考する。


恐らくは優、すなわち春光の妖力が結界を破壊したと想像したが、だとしたら、自分は春光を侮っていたが、その力を春光自身はまだ意識もしていないし操れるはずは無いと思った。


だとしたら…


(まさか、…本人は無意識の内に体に悪戯されると分かって結界を破壊し、心の中で朝霧の事を呼んでここへ入れさせたのか?だとしたら、二人の間に魔刀の血の盟約があったからだろうか?…)


人ならぬ世界の誓約は力が強く働く。


やはりもっと早くに、拒まれても押し倒してでも、春光と自分も強引に契っておけば良かったと後悔した。


主と下僕…


式神の契約を…


(それなら春光が呼べば何をしていても、自分もすぐ側に行ける)


(自分なら朝霧の様に魂だけでは無く、生身本体もだ)


でも…


正直、小寿郎にも、優が結界を破っただろう事、朝霧を呼んだだろうとの推測は自信があった。


しかし、朝霧がその中まで来た事に関しては、もしかしたら魔刀の盟約は関係無く、朝霧自身の生き霊の朝霧自身の優への強い執着心によるものかもしれないという事も考えられてハッキリしない。


いや、朝霧だけでは無かった…


結界の外に、他にここへ来られた事が謎な三人の気配があった。


優が一番最初に呼んだのが朝霧だったので彼は入れ、三人は再生させたそれに運悪く弾かれたのだろう。


多分、いや…絶対、生まれ変わりの方の観月と西宮と定吉だと確信して、ただの悪戯だと優は分かっていると思っていたのに彼等をわざわざ呼んだ事にムカムカはしたが、優自身が無自覚そうなので何も言えない。


しかし、この偶然は利用しない手は無い。


観月と定吉の前世が今どこに居るか、それを生まれ変わりの二人に聞かなければならない。


面倒くさいが、三人を結界内に入れてやるか…と思いかけたが…


「あっ!朝霧さん!」


優が、歓喜の溢れた感情のまま、叫んで朝霧に向かい右腕を伸して走り出そうとした。


「あっ!こら!まだ話はおわってないぞ!」


小寿郎の腕が優のそれを掴もうとしたが、スルッと逃げられた。


そして朝霧も、微笑んで優を迎え入れようと両腕を広げて前へ駆け出そうと足を出した。


「春光!」


そこに、小寿郎が叫んだ。


結界の破れた影響は、眠る春陽にも影響を与えてしまったようだった。


優と朝霧は、動きを止めた。


「マズイぞ!もう春陽が目覚める!まだ迷っているならば、春光!私がお前に認めさせる!必ずお前を助けて、必ず、お前に私が欲しいと言わせてやる!」


見積っていた時間の予定の狂ってしまった小寿郎が強く念を押した。


その言葉に、朝霧は又ぐっと小寿郎をキツく目を眇めて見た。


動かないまま小寿郎の方を見ていた優の方は、急ぎ朝霧に視線を移した。


そして…


再び、優は朝霧に腕を伸ばし、朝霧は優に腕を伸ばしたが、遅かった…


そのまま互いに触れる事無く、途中でこの夢の世界全てにストンと闇が堕ちた。


「春光!たぬきもお前の近くに行くからな!」


優の耳に、小寿郎の声だけがこだましながら遠ざかる…






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