第70話桜の精

「でっ…でも…」


躊躇う優に、小寿郎がイライラとした声を上げた。


「この期に及んでもまだ悩むか?!化け物は、お前の近くに来ているぞ!宿で春陽に会う前、一つ目の化け物が近くに潜んでいたから追いかけたら逃げられた。お前の前世の春陽を殺そうとしてるのは一つ目の化け物じゃなかったか?」


「えっ!!」


優は、一瞬驚くが、やっぱり来ていたか…とガックリ肩を落す。


しかし、どうしても、だからという気持ちにすぐなれない。


「仮に、お前を式神にしたら、今回だけじゃ無い、これから先もずっと、こんな危険な目にお前を巻き込んでしまうかも知れない…」


その言葉に、小寿郎の白皙の面の目の部分の両穴から、長い髪と同じ金色の虹彩が、暫くただ言葉無く優をじっと見た。


何かを深く思っている様でその双眼は、光を反射し煌めき揺れて、人のモノとは明らかにかけ離れた美しさを放っている。


「けれど、もう今更だ…頼光が水戸の若様を折れさせて、我ら一族を護り、桜の木のある山々全てを荒清神社の直轄地にするのが決まった。だがその前に、我らの長と頼光が会って我ら一族を護る代わりに、お前の式神を我ら一族から出す契約がもうされていた」


「えっ?!」


忘れていた事を掘り返されて優は、観月へのイライラを思わずぶり返してしまった。


(本当に…観月さん…どうして俺に一言も無しにそんな事勝手に決めたんだ!)


しかし、次に発せられた言葉に、更に困惑してしまう。


「言っておくがこの契約は、多くの精霊族を束ねる精霊王を仲介して成されたモノだ。違反が分かれば我らが一族の代々の長は、精霊王に命を狙われ殺される…そして、観月家から契約を無効にする事ももう叶わない強固なモノだ」


「えっ?はぁ?!せっ…精霊王って!」


いつの間にかとんでもスケールの話になってしまっていて、優はア然とした。


目の前に、現に参考になる桜の精霊が居るのに、精霊王と言う仰々しい名を聞いて、思わずゲームの世界の西洋風の、王冠を頭上に戴く耳の長いエルフ的な感じが頭に浮かんでしまう。


しかし、そんな想像を、次に聞いた小寿郎の言葉が一気に霧散させた。


「我らが長が、頼光自身には守護はいらないのかと尋ねたら、頼光は…言っていたそうだ…自分はいらぬから…例えどんな事があっても、例え頼光自身はどうなっても、春光だけは、春光だけは一生護り抜けと…」


優は、久々に今の自分のもう一つの名、春光を聞いた気がしたが、その事実に、思わず苛立ちがザックリかなり削られてしまう事になってしまった。


しかしそれでも、理不尽さは完全に拭い切れずモヤモヤとする。


「例え私がお前の式にならなくても、長は違う桜の精霊をお前の式に送りこむ。ならば、私の方がお前は絶対いいに決まっている!何せ、私程美しい桜の精はなかなかいないとよく言われるからな!」


小寿郎が、フフンと言う感じで、さも自信有り気に腕組みをした。


優は、深刻な状況にも関わらず、思わずぷぷっと吹き出した。


「なっ!何がっ!何が可笑しい!」


両太ももの横で拳を握る小寿郎の声が上ずり、その苛立ちそのままに、猫耳がピンとしてもふもふの白い尻尾がバタバタと振られる。


「ごっ、ごめん…小寿郎。でも、お前の素顔って家族しか見て無いはずだろ?だから、家族みんなお前に甘くて優しいんだなぁって言うか、比較してる人が少なくて、ちょっとその…お前の自信過剰な気がして」


「バーカ!それは、私の家族が言った訳ではないぞ!我が長が私に言って下さったのだ!言い忘れていたが、長だけは一族の全ての顔を見ているし、他の一族の顔も知る事が出来る。」


「へっ?!そうなの?」


「だから!沢山の精霊の顔を見てきた長が言われるのだ!間違い無いぞ!私にしておけ!」


又得意気に腕を組む、高位な存在であるはずの桜の精霊には申し訳無いが…


正直、イケメンだとかどうとかがボディーガードとしての式神に必要で役に立つのか?と思わず優は、内心ぽややんと思った。


それに、他にも色々戸惑いは簡単には払拭できないので、、取り敢えずという感じで問いかける。


「契約ってどうするんだ?観月さんは、簡単に小寿郎が認めればいいと言ってたけど?」


「血を飲む様な大袈裟な儀式はしない。しないが、ただ、書簡を交わすだけの話だ。だが…」


急に、小寿郎の語気が強くなった。


「契約は、生身のお前とでなければ成立しない!お前の本体は今ここにないだろうが!元の荒清神社に帰らなければ、ちゃんとした契約は出来ない。なら、今ここで、仮でもいいから、帰ったら私を式神にすると約束しろ!」


小寿郎の喋りが、増々ヒートアップする。


「契約していないから、お前が呼んでも私には聞こえないし、私も直接起きてるお前に言葉を送れないから、こうやって夢に入って来た。夢に入るのは、相当妖力を消耗するんだ!お前がさっさと私を認めないから、こんな面倒な事になっただろが!!」


小寿郎が叫び、突然優に飛び掛り首筋に噛み付いてきて、優を下に二人は体勢を崩して青い水面に倒れ込む。


しかし、それでも濡れない所か水が形を変え、最上級の柔らかいクッションの様に体を受け止めた。


「アハハっ!イヒヒっ!小寿郎!くすぐったい!やめろ!やめてくれ!」


鋭いはずの牙なのに、首や更に鎖骨をカプカプカプと何度も何度も甘噛みされると本当にこそばい。


「アハハっ!止めろ!止めろってば!」


春陽が小寿郎の体を上に乗せながら暫く暴れながら笑い転げると、浴衣が乱れて更に肩や胸が露出してきた。


そして更にチラリと、薄紅色で艶を帯びた、春陽の右乳首も露見してしまった。


小寿郎は、そこに目を付けてクスっと笑うと、少しそこにイタズラしてやろうと、ふざけてやろうと悪戯心が湧いた。


















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