第63話六道橋
夜更けにも関わらず、バンっと大きな音がして扉が開き、宿の裏口から灯りをそれぞれ持った朝霧と春頼が慌てふためいて出てきて、朝霧の指示で二手に別れ走り出す。
兄上!兄上!兄上!
そう、春頼が…
ハル!ハル!ハル!
朝霧もそう心中で叫び、二人で春陽を必死で探す。
ハル!お前どうしたんだ?
ハル!何故、今までの様に何かあれば俺に言ってくれない?
どうして…どうしてだ?!
何かを隠している…と、朝霧の疑念は深くなり、身体がゾワゾワして額から嫌な汗が吹き出す。
一方その頃、死後の六つの世界と同じ、六道と名の書かれた橋の前。
自分に向けられた定吉のその余りに冷たい刃と双眼に、優の思考はショートし一時停止していた。
だが、春陽の方はやはり定吉を知らないのか、言葉無く平然として彼を凝視する
。
何か思惑があるのか?この闇に紛れ遠くで、さっき春陽が見た二人の男達と、一つ目の魔物が別々にその様子を観察している。
「お美しいお姫様がこんな時間のこんな暗闇にウロウロしていたら、俺の様な男に攫われて、無理やり俺の女にされちまうぜ」
こんなに探し求めている、優にとっては江戸時代と同じあの定吉の声。
なのに冷淡さといかがわしさが滲み出て
、その顔も薄ら笑いを浮かべ、明らかに春陽に対して侮蔑している。
だが春陽は、小さい頃から何かと自分の事をお姫様やお嬢ちゃんと呼んで絡んできたりチョッカイをかけてくる男が多かった。
そしてその度に春陽が何か返す前に、朝霧か春頼が様々な手を使い相手をボコボコにしてやり返していたのでこう言うのには馴れていたし、こっちをわざと煽るつもりで言っていると思っている。
だから、努めて冷静だ。
それに感でなんとなく、たまたまここにいたから、誰でもいいからと自分を拐かそうとしているとは思えなかった。
「ふざけるな…お前、人攫いではあるまい?私に用があるのだろう?何の用だ?
」
定吉は、下ろした長い美しい黒髪を風に靡かせ問う春陽に、一瞬何か目がくらむ眩しいモノでも見る様に目を眇めたが、返答は、一層ドスの効いた低いものになる。
「それはこっちが言うこった。貴様、さっき俺の名を…俺の事を呼んだだろうが
?」
「さっき?お前を?私が呼んだ?」
春陽も目を細め冷ややかに言葉を返した後、さっきの匂いとの関連が気になって鼻を又クンクンとした。
定吉からは、さっきと同じ匂いはしなかった。
しかし、春陽の中でドキっとして慌てふためいたのは優だった。
俺だ!俺が定吉さんって呼んだんだ!
それが定吉さんに聞こえたのか?
本当に?…
「昼間、居酒屋の前を貴様が通って俺を見て、俺の事を確かに呼んだ!どうせ、貴様が宿に使ってる名は偽名だろうよ。貴様、俺を知ってるとは一体何者だ?」
確かに春陽達は、宿泊に清瀬と偽名を使っていた。
「ああ…さっきの…確かに姿は見た気はするが、名前など呼んでないし、お前など知らぬ…」
「嘘をぬかすな!確かに聞いた!確かに
、貴様は俺を呼んだ!それに貴様、俺は貴様を宿からずっと見て追って来た。こんな夜中に灯りも持たずウロウロと…もしかして貴様…今巷を騒がし、闇で人を攫って精と血を啜ると言う噂の淫魔ではないのか?!淫魔は、それは美しく暗闇でもよく目が効くらしいからな!」
定吉が凶悪な顔相で口元だけ笑い、刀を構えたまま足を踏み締め一歩前へ出て、足元の砂利が音を出した。
まさか自分がそんな半魔物とは知らないらしく、春陽は動揺せず定吉を凝視して
、優だけが彼の中でドギマギとした。
「馬鹿な…眠れないから、私は気晴らしに散歩してただけだ」
「ふぅん…そうか…どうあってもはぐらかすなら、とっ捕まえて、その身体に…存分に…存分に聞いてやらねばなるまいな…」
定吉が更にニヤりと笑い、洋燈を地面に置き柄を握り直した。
げっ!定吉さん!
止めてくれ!
見るからに強靭そうな定吉が攻撃して来るのが分かり、優はパニックになるが、居酒屋の事があり声に出せず、寸前の所で耐えて心の中で叫んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます