第55話塵旋風
優はやけになり、咄嗟にさっき春陽が魔刀を呼び出した時の感覚を思い出し、一か八か自分もやってみる事にした。
恐怖と焦りを押し殺し、前世の自分がした様に意識を高め、己の身体の中央に気を集中し小さく唱える。
「紅慶!」
ゴーっと激しい音を立て、又違う風が巻き上がり、渦を巻いた二つの暴風がぶつかり一つになった。
「お前が呼べる?馬鹿な!」
ア然とする藍の目に、優の手に帰ってきた魔刀が映った。
そしてその時、近くに来ていた真矢の横の空間に突然穴が空き、そこから人型の小寿郎が飛んで出てきた。
小寿郎が春光!と叫ぶと、更に風に負けない大声を張り上げた。
「春光!迎えに来た!ここから、過去には行けないが、元の荒清には帰れるぞ!次元は流れる時間が違うからまだ時間に余裕が有る。一度一緒に帰って観月達を助け出す事を考えるんだ!春光!」
その言葉の直後、優の脳裏に、荒々しい青龍が浮かぶ。
すぐ優の気持ちは決した。
朝霧さんだけでも先に江戸時代に帰す!
「貴様、何をする気だ?ハル!」
優の僅かな変化に藍が顔を歪めた。
不思議だが、何も言わなくても、荒清の神だと直感した青龍が言わんとしていた事が優には伝わった。
この自分の魔刀の力で、今なら過去への道に入り込む事が出来る…
たまたま魔刀を呼べたかもしれない自分のこの状況では、今しか無い。
過去にすでに飛ばされた三人を助けに行けるのだ。
だが、それは…自分一人だけの旅路だ。
そして、もう破れかぶれで同時に背後の藍を刺し、失敗したら過去へ道連れにして最悪相討ちに持っていくしか無いと柄を握る。
だが藍は優のしようとする行動に嫌な予感を感じ、ちっと舌打ちしてその場からスッと消えた。
優は、次元を飛ぶ間合いを計りながら小寿郎に叫んだ。
「小寿郎!朝霧さんを頼む!必ず頼む!俺は、過去へ飛ぶ!今なら行ける!」
朝霧は、目を見開き言葉を失い絶句した。
小寿郎は仮面の下から、激しく怒りをぶちまける。
「バカか!バカハル!一緒に帰れ!帰って、私を式だと認めろ!バカハル!」
「済まない、小寿郎…ダメなお前の主で…」
優が笑ってそう大声で言うと小寿郎は急に黙って呆然と立った。
そして優は、真矢を見て叫んだ。
「真矢さん!カレー美味しかったよ!ありがとう!」
「行くな!行かないでくれ!春光!春光!」
真矢は、いつもの浮ついた余裕を無くし必死で訴えた。
だが、次に、朝霧を優は見詰めた。
言いたい事はあるのに…何が言いたいのか分からずに呟く事さえ出来ない。
朝霧もそんな優を見て、何も言えず瞠目する。
ザァーっと、又一段強い風が巻き上がり、朝霧を見詰めたままの優の姿が砂埃と共に消えて行こうとした。
「ハル!待てっ!!!」
朝霧は、無我夢中で腕を伸ばし、その茶褐色の暴れる塵旋風の中に入ろうと走った。
「やめろ!朝霧!あの風は、必ず、必ず春光を無事に過去へ連れて行く!だが、お前や私が今入ろうとしたら死ぬぞ!春光の為に、お前も私もここで死ねない!一度帰って、もう一度助ける方法を、方法を見つけるんだ!」
小寿郎が朝霧の腕を引っ張り、強く引き留め叫ぶ。
だが…
「すまない…俺は、ハルと行く!」
朝霧は小寿郎をバッと振り払い、渦中に走り飛び込んだ。
あっと言う間の事で、ただ立ち尽くすしか無かった小寿郎と真矢を残し、暴風がやがて収まりながら、優と朝霧を飲み込んだままの渦がやがて小さくなり消えた。
「は…は…は…春光!朝霧!」
静寂の戻った夜闇の中の小寿郎の叫びが、霧に吸収されていった。
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