第44話異界の蒼穹
朝霧の刀は、持っているのがバレると警察行きなので、大きな箱に入れ布を巻き不満そうな朝霧を説得して三列目のシートに積み、水晶は白い風呂敷に包み助手席に置いていた。
優が二列目の席の窓から見えるのは、獣人が様々なそのままの姿で服を着て歩いている以外は余りにあのいつもの日本で、東京で…
横に座り同じ様に窓の外を見る朝霧をチラリと見ると、余りの異世界だからか、ずっと眉根が寄っている。
三十分程で到着すると、あの住宅街は全く一緒の様相で、両親と暮らしたものと全く同じ姿の家もあった。
優は、朝霧と車を降り暫く懐かしそうに見て少し嬉しくなったが、目元がジワリとしてきたので慌てて上を向く。
「主…」
ずっと、優の背中から視線を離さなかった朝霧のその小さな呼び掛けで優はハッとなり、振り返り笑みを返した。
そして少し歩き懐かしい家の表札を見て、庭で知らない女性が花に水をやっているのを見て、やはり両親とは全くの別人が住んでいると知る。
「どうだった?」
車に戻り座ると、真矢が聞いてきた。
「やっぱり、違う人が住んでる…」
なるべく元気を作り、優は答えた。
「他に、両親の他に会いたい人間はいないのか?」
真矢のその質問に優は少し間を取り、近所に住んでる箱崎を思い出した。
ただ、ちょっと友達だったに過ぎず、一番近所だったから思い出しただけだったが、両親が居ない時点でもう諦めたし、やはり仮に似た人物がいても、それはあの箱崎とは全くの別人だとちゃんといい加減踏ん切りをつけないといけないと思い呟く。
「いいんだ…もう…帰ろう」
だが、横の朝霧は、優が他に会いたい人間と言う言葉に反応した事に、きっと恋している相手なんだろうと感じてしまっていた。
「少し、休憩するか?茶でもするか?」
神社を出て一時間もたたないのに信号待ちで、気を使ったのか真矢が、運転席から前を見たまま背後の二人に聞いてきた。
真矢が優達を連れて来たのはビルの十階にあるオシャレなカフェだったが、高級感のあるヨーロピアンな室内を抜けると、西洋庭園を模した周りを高いガラスで囲み天井だけ開けたオープンテラス付きだった。
しかも開店前なのに、真矢が顔パスで堂々と入って行けば、数名の店員の人間達が仕事を一旦止めて真矢の前に集合し深々と頭を下げる。
ぽん吉って、本当は何者なんだろう?
優は、少し聞くのが怖くなって聞けない。
優達三人が入店すると、女性店員達は皆顔を赤くして、嬉しそうにヒソヒソと時折話しをした。
カフェの辺りは所々背の高いビルがある位で開けているので、街の景色が良く見える。
周囲に花と緑が贅沢に広がるテラスの白いパラソルの下のテーブルに三人がつくと、ここの責任者らしき男性がオーダーを取りに来た。
優は、朝霧にコーヒーを試しに飲んでみては?と提案しアイスコーヒーとサンドイッチを人数分頼むと、男が真矢に少し用があると告げて、優と朝霧を残し二人は席を離れた。
肌触りの良い、春の爽やかな朝の風と光が優達の周りを舞う。
この異界の蒼穹も美しく広がっている。
ほぼ横並びに朝霧と座っていた優は、顔を朝霧と反対に向けて、ただなんとなく遠くの景色を懐かしく眺めた。
「主…大丈夫ですか?」
朝霧が、優の髪に触れようとして手を伸ばしかけ躊躇し断念した後、代わりにまるで撫でる様な優しい声を掛けた。
「まさか、泣いてると、思いました?」
優は朝霧の方を見ると、悪戯っぽくニコリとした。
すると朝霧が確かめる様に顔を寄せてきてジっと見てきたので、慌てて優は正面を見る。
「朝霧さんの方がこんな世界に来てキツイはずなのに冷静に対応してて、俺が泣いてる訳にはいかない…」
「冷静…では、ありませんよ。ただ、一人では…ありませんから」
朝霧が、朴訥と呟いた。
この場合、主を何処へ行こうが護らなければならないと言う、臣下の使命感からの言葉だろう…
そして、その武士としての気概は有り難いと、素直に喜ばないといけないのだろう…
江戸時代でも、そうだ。
藍からの攻撃だけでは無い。
荒清神社の中に居ても、優に好意的な人間ばかりでは無い。
以前中尾の臣下の男に、
春陽の生まれ代わりにしては頼り無く見える…
とかなり馬鹿にした感じで、面と向かって暗に偽者では無いかとも取れる事を言われたし、呪術師の中にも、何のスキルを持たない優を認めないというキツイ視線を向けてくる者もいる。
だがそんな時も朝霧は庇ってくれるし、西宮も定吉もそうだし、今思えば冷たい様で観月もそうだったのかもしれない。
だが、何処か気持ちが落ち着かない優がいる。
それでも、俺は、今、一人じゃない…
朝霧さんがいる…
「ありがとうございます。朝霧さん…なんとかして、千夏ちゃん達の所へ帰りましょう。俺、千夏ちゃん達の所に帰りたい」
そう、優が微笑んで言うと、朝霧は少し以外そうな顔をした。
帰りたいのは、元居た、この世界に似た所では無いのか?…と。
貴方の恋する相手の居る…と。
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