第42話朝の溜め息
「たっ、確かに、俺は、半分淫魔の血が入ってるらしいですけど、子供が産めるとか、そんな事…何かの間違いじゃ?」
優の表情が強張った。
「間違いじゃ無いと思うぜ。この世界にも少ないが淫魔がいるし、俺の知り合いにもいるが、身体が小さな雄は、大抵角が小さくて赤とも呼ばれて腹に子供を宿す事も出来れば、女に子供を産んでもらう事も出来る。まぁ、どんな過酷な状況になっても子孫を残そうとする本能からそうなったんだろうが、本当に逞しい種族だぜ。まさか…お師匠様は、ご存知無いのか?あっ、でも、角と身体の大きな青にも、子を産む者もごくたまにいるらしいから、良く分かんねぇ所があるなぁ」
ぽん吉の言葉に、優はえっ!と彼の近くににじり寄った。
「知り合いに、淫魔がいるって?」
「あっ、ああ…いるよ…」
「えっ?普通に、友達、友達みたいな?」
「友達、んー、どうかなぁ…まぁ、そこまで親しい訳じゃ…」
優の勢いに、ぽん吉は少し引き気味に答えた。
「会えます?その人に…」
「うーん。住んでる所は知らねぇし、たまにこちらへふらっと来るような奴だから、今度いつ来るかは分かんねぇな」
「そう、なんだ…」
優は、カクッと肩を落とした。
「まっ、まぁ、なんだな、よく考えれば、お前達の世界の淫魔とは又違う種族かもしれねえし、お前が必ず子供を産むかどうかはやっぱり俺には断言できねぇかな…」
優は、思わず自分の下腹に手をやった。
「でも、まぁ、仮に、そのぉ…子供が出来たとしても、朝霧ならちゃんと責任をとってくれると思うぜ、俺は…」
ぽん吉がニマッとして目尻を下げて、向いに座る朝霧を上目遣いで見た。
この、エロダヌキ!
その表情に優は内心呆れた後、恐る恐る向かいの朝霧を見た。
朝霧が、いつもあれだけ眼光鋭く優を警護しているのに、今は、ただ呆然自失している。
それを見て、優は昨晩の事を酷く後悔した。
朝霧にしてみれば、あれは言わば事故みたいなもので、朝霧とて、ただでさえ優の警護という重荷を幕府から背負わされているのに、仮にそんな事になれば、更にお荷物が増えるだけなんだろうと、それでも責任感の強い朝霧は、ぽん吉の言う通り責任を取るのだろう。
そう思わざるを得なかった。
だが、一方朝霧の方は、優に好きな人間がいると完全に信じきっている。
もし、子供が出来たら…主、貴方は…
そう思い再び、優が尋女に言った、好きな人がいる、という言葉を回想し、朝霧自身が昨夜やってしまった事が過ちだと深く深く憂慮した。
「あっ!!」
突然、ぽん吉が声を上げた。
「なっ、何です?」
優がびっくりすると、又エロ狸が大声で聞いた。
「念の為置いてたコン◯◯◯、足りなかったんじゃないか?」
確かに枕元にあったコン◯◯◯は沢山あったが、結局一つも使用する事は無かった。
「こん…?」
朝霧が不思議そうに聞いてくるので、優は慌ててぽん吉の口を手で塞いで苦笑いした。
「な、なんでもありません…」
その後、これ以上は余計な事は何も言うな、と言う視線を放言タヌキに向けた。
二人、いや、一人と一匹の身体の距離の近さと親しそうな感じを見て、朝霧が眉間に皺を寄せた。
そんな時、ギューっと、優の腹の虫が鳴る。
こんな時に…
優は自分に呆れ果てながら、やはり朝霧の浮かない表情が気になって仕方なかった。
「さぁ、食べようかなぁ…飯が冷めてしまうぞぉー」
ぽん吉の誤魔化し笑いしながらの言葉に優は、朝霧の横に気まずい想いを隠して戻った。
すると、スッと、朝霧が自分の魚と卵の皿を優の方に寄せた。
「ありがとうございます。でも、朝霧さんもちゃんと食べて下さい」
優がそれ等を戻そうとすると、ぽん吉がにこやかに言った。
「まだまだお代わりなら有るから、朝霧もちゃんと食え」
「大丈夫ですよ、食べて下さい」
優は朝霧に笑いかけると、はい、と返事が返って来たので彼の方に皿を戻した。
昨日、これによく似た事があった。
優はふと、昨日の朝、空腹が過ぎて早々とおかずを食べ切って白米だけが残ってしまった時、横に居た観月が自分の手を付けていない分を、何も言わず先程の朝霧の様に優の膳に乗せてくれた事を思い出した。
でも…と優が戸惑うと、自分は又後から頼むからと、観月は前を向いたまま言った。
結局、観月は追加で何も頼まなかったが。
「どうした、春光?」
ぽん吉が、心配そうに聞いてきた。
「いや、向こうの荒清社を思い出して…」
優は、魚の乗った皿を眺めながら、元気無く微笑んだ。
「お前、きょうだいが居たよな?…」
ぽん吉が、おずおずと尋ねてきた。
優は、少しの間戸惑い考える。
「あっ、ええ。兄が一人、それと、それと…弟が一人…」
その言葉を聞き、朝霧は前を向いたまま、何かほのぼのとした様に表情を柔らかくして少し微笑んだ。
今頃、過去に居る観月と西宮、そして、定吉は元気でいるのだろうかと…
今頃どうしているのだろうかと…
そして、自分がもし子供を産むかも知れないとあの兄が知ったなら、一体何と言うだろうかと…
優は、朝早くから溜息を吐いてしまった。
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