第28話訪問者
優達が舎殿に戻ると、突然の客人が来ていて廊下で小夜と話しをしていた。
尋女のめいの瀬奈で、朝霧より一つ下で、観月から来社するよう今朝遣いがあったらしい。
彼女も又とても可愛らしい女性で、穏やかでとても明るい感じで優に挨拶し、鋭い雰囲気を纏うおばとは全く違う印象を彼に与えた。
尋女が体調が良くなってきたので部屋を移った為、用のある定吉と女中に呼ばれた小夜に代わり、朝霧が瀬奈をそこへ案内する事になった。
朝霧と瀬奈は面識があるらしく、以外な事にかなり親しそうに話しを始めると歩き出した。
朝霧は一見寡黙で大抵仏頂面で、最初、優もかなり警戒していたが、どうも話せばそれはペラペラと饒舌に喋る軽さは無いが、今は普通に話す事が出来るんじゃないかなと期待もあるし優しい所もあると思っている。
並んだ朝霧と瀬奈は、とても似合いの、美男美女の恋人同士の様に優の目映り、朝霧の隣りには美しい女性が本当に良く似合うと思う。
勿論、朝霧が心から愛している事が何より重要だと思うが。
優は、朝霧達に背を向けて定吉と小夜と歩きだしたが、楽し気に話す瀬奈の横の朝霧は、彼女の話しを聞いている風にしながらも何度も後ろを振り返り優を気にした。
優が奥殿の自分の部屋へ帰り定吉と別れると、すぐそこで待っていた西宮に観月が待つ部屋に連れて行かれた。
大抵は他に誰か同席するのに、さっき告げられた通り兄弟二人きりにされてしまい、すぐ手の届く距離にお互い向かい合い上質な厚い座布団に座る。
両親はすでに病で亡くなっていると聞かされていてたった二人残されたのに、本当に兄弟なのかと疑いたくなる程、やはりこの間が、空気が優には気まずい。
それより、西宮が兄弟だと言う方が本当に馴染む。
「あの…なんでしょうか?」
優は、事情を知らない人間から見ておかしく無い様に表向き上履かされている、観月より位の低い神職用の浅黄色の袴の布を右手で握り、控え目に、でもしっかり観月の目を見ながら尋ねた。
観月は、一度優から視線を逸らせたがすぐ戻し、いつもの冷静な態度ですぐ口を開いた。
「昨晩…の事だが…」
「昨晩?」
優は声が裏返りそうなのを堪え、自分に言い聞かせる。
焦るな!
大丈夫。
絶対、あの事はバレてないから、落ち着け、俺!
だが、観月の言葉が、それをすべて無駄にした。
「昨晩、自分でしていただろう?」
「!!!」
優は、顔を赤くして思わずガバッと立ち上がり一歩後ろへ退き、ウソだろう…と言う目を観月に向けてしまう。
そして、今、咄嗟の事と言え馬鹿正直にこんな態度を取った以上、もうどんな風に誤魔化しても無駄だと後悔した。
やはり気付かれ無い様に注意したとは言え、見られた?
「見て、たんですか?」
「見なくても大体分かるだろう…まぁ、座れ。春光」
恥ずかさにワナワナと震える優に対し、観月は至って冷静だ。
観月さんが知ってるって事は、横で寝てたはずの朝霧さんも気付いているんだ!
優は、恥ずかさで消えてしまいたくなる。
気付いているだけで、本当に見られてはいないのだろうか?
「春光…」
観月が恋人を呼ぶ様な、酷く優し気な声を出した。
観月は性格も見た目もSっ気が強いと優は常々思うが、たまに聞くこんな声で、本当はめちゃくちゃ優しいんじゃないかとつい思ってしまい、そんな訳ないか、と訂正する。
でも、本当に、誰もがずっと聞いていたいと思う様な美しい声だ。
優は、なんとか呼吸を整え座布団に座り直す。
もうバレたなら仕方ないと、半分ヤケになった部分もあったが、それでも視線は定まらない。
「相当、苦しそうだったが、あれで充分満足できたのか?」
ストレートな観月のもの言いに、優は更に顔を赤くし、上半身だけのけ反らせた。
「そ、そ、そんな事、あなたに言わないといけないんですか?」
「淫魔は性欲が激しく強い。それは交わる事で得る気と体液が血と同じで食事だから、欲情するのは必要不可欠で理にかなっている。しかし、人間の血の入った半淫魔や、人間から淫魔にされた者は、普通に米や肉が充分食えるのだから、本来、淫魔程の性欲は不必要なのに、性欲と吸血の欲求は淫魔そのものと変わらない。しかも、人間にとってそれは、心と身体に負担が大き過ぎる。身体が満足できなければ、いずれどうなるか…お前はまだ分からんか?」
茶化さず真剣に話す観月を見て、優は事の深刻度を新ためて感じる。
本当は怖い。
自分でもどうする事の出来ない激しく痛く、身震いする程切ない衝動にいつか自分を失い、足元をすくわれ自滅する事が…
「自分でなんとかして我慢します。だから、あんな時は護衛を近くに置かず、俺を暫く完全に一人にして下さい…」
もう、誤魔化しても男らしく無いし、と優は観念する。
「それは無理だ…」
「無理と言うのは、俺を一人にする事ですか?それとも、一人では発散出来無いと言う事ですか?」
「その、両方だ…」
優は、その返事に反論しようと唇を動かしかけると、観月が急に片膝を立てぐっと近寄り、優の顎を右手で優しく優しく引き上げた。
「もしも…」
だが、観月は優にそう何か言いかけて、ハッと我に返った。
そして、今、自分が無意識に言いかけた言葉に、あくまで冷静な仮面を被りながら自分自身内心酷く狼狽した。
もしも、兄弟でなければ…
観月は、間違いなくそう言いかけた。
もしも、兄弟でなければ…そして、次に何を自分は春光に口ばしろうとしていたのか?
最近、おかしい、とよく言われるが、やはりそうなのだろうか?と自問する。
そう言えば、春光に小寿郎の件で睨まれた時も、身体が動かなくなってしまった。
そして、目を眇める弟を相手にゾクッと背筋を震わせたのだ。
将軍だろうがどんな大名だろうが面会しても、どんないい女と一緒にいようが震えた事など無かったのに…
昔の主従の名残りからの畏怖か何かなのか?
それともまさか、その蔑んだ様な双眼で、もっともっと…睨んで欲しいと高揚したとでも?
そんな馬鹿な…
観月は、さっと優から手を引いて一度視線を外して、動揺をひたすら隠して再び優を見た。
「春光。尋女のめいに、瀬奈と言う者がいる」
優は頷いた。
「さっき、廊下で会いました」
「そうか。どうだ、瀬奈は?」
「どう?って、それはかわいい人だなとは思いますけど…」
「そうか。どうだ、お前の側室に?」
「はぁ?」
優は余りに突拍子も無い話しに呆れて、側室って、いつの時代の話しだよと内心突っ込んだが、よく考えれば、今自分のいる時代はそう言う時代だった。
「俺の事は、事前に相談して欲しいと言いましたね、俺は…」
対して観月は、優から見るとムカムカする程淡々としている。
「だから、こうやって相談をしている」
「もう瀬奈さんをここへ連れて来てる時点で、俺にとっては相談になってませんよ!」
優はなるべく抑えようと努めるが、イライラが止まらない。
「第一、そんな事になったら、瀬奈さんは淫魔になり、きっと苦しむ事になります。尋女さんは平気なんですか?」
「尋女は、お前の為なら喜んで協力するだろうし、瀬奈は、尋女ほどの力は無いが能力者の一族だ、普通の人間よりは耐性がある」
「お断りします!」
間髪入れず、優は観月の目を見て強く断った。
「お前、女は、抱いた事は有るか?」
又、どストレートの観月の質問に、優は再び顔を赤く染める。
「そんな事、答えませんから!」
正座したまま前のめりでムキになる優を見て、観月の目と口が微かに笑った。
しまった!
優は、焦る。
童貞だとバレたか?
余裕でマウントを取りにこられた…
でも、俺が非童貞だったら、相手は淫魔になって大事になってるだろ!
色々思いながらもう遅いかもしれないが、優は心を読まれないよう冷静になろうとした。
「それとも、女では不服か?」
急に観月が、ジトっと優を見た。
「えっ?」
話しがあらぬ方向へ行き、優は絶句する。
「西宮は、過去、お前の弟だったから相手は無理だし、許せん。朝霧は奴の母君が、近々朝霧を親戚筋の藩に養子に出して藩主にしたいと言っている」
優は、初めて聞く朝霧の事情に胸にもやが広がり、複雑な思いを感じた。
「朝霧自身は、養子に行く事も藩主になる事も拒否しているが、母君は何としてでもと思っているし、一族も大いに期待している。母君は、この荒清が大事なかわいい息子を取り上げたと憎んでいるようだが。けれど、母親なら、息子にはより良い立場にいて欲しいと思うのは当たり前だろうからな…」
「俺はまだ子供かもしれませんが、その気持ちは分かります…」
東京の母を思い出し、優は頷く。
そして、次に想像し何故か直感する。
朝霧の母は荒清を憎むというより、むしろ、前世の血の盟約で彼を臣下にして縛っている俺を憎むだろう…と。
「朝霧も無理なら、定吉なら、どうだ?」
優は、もう返事する気力も少なくなっていたが、溜息を付き答えた。
「それは、あり得ませんから…」
優にしてみれば定吉は確かにかなり男前で、筋肉が隆々としているのに暑苦しく無く絞られていてガタイも良い。
そして、何より性格がいい。
それに優自身、恋愛は個人の自由と思うので男同士だって偏見は無い。
でも、彼と自分がするなんて…
そう考えて、定吉が着替えていた時見た、彼の逞しい身体を思い出した。
定吉は優が以前、男同士だから気にしないでくれと言って以後、優の居る眼前で本当に頻繁に褌だけになって着替える。
男らしい浅黒い肌に広い肩幅、厚い胸板。
腹筋が見事に六つに割れて、動く度に男の目から見ても筋肉が美しく動く。
自分がもし女性なら、そばで見ているだけで妊娠させられてしまいそうな位に雄の匂いがプンプンする。
何を思いだしてんだ!
と、頭の中のものを急ぎかき消す。
優の理想は、東京の父と母のようなカップルだ。
いつか、心から好きになった女性とお付き合いして結婚して、子供は女の子と男の子二人位が望ましいと思っている。
だが、そうなれば、妻は淫魔になり、子供にも淫魔の血が受け継がれてしまう。
完全に詰んでる…
優は肩を落とした。
「失礼いたします。頼光様、お時間です!お急ぎください!」
襖越しに、廊下から神職の声がした。
観月はすっと立ち上がり、上から優を見下ろし、まるで圧をかけるように目を細めた。
「いずれにせよ、お前の相手は、私の許可を取ってもらう…いや、お前の相手は、私が決める」
「ど、どうして、そんな事になるんですか?…」
「お前の全部を握ってるのは、この私だから、だ…」
優は、眉根を寄せて観月を見上げ、朝、生活の全ての面倒を見ると言った彼を優しいと感じてしまった事を後悔した。
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