第22話想い

優と朝霧が桜の木の下に居た頃、丁度同時刻、観月は尋女の元を訪れていた。



優が荒清へ来てから、まだ寝たり起きたりを繰り返しているが、彼女の体調が急激に良くなってきている。



本題の打ち合わせを済ませると、布団から上半身起こしていた尋女が、枕元にあった漆塗りの箱から文を取り出した。



「又、ご縁談の話しを頼光様にして欲しいと頼まれましたが、いつもの様にお断りいたしますか?」



「ああ。上手い事、そうしてくれ」



表情一つ変えず、観月は即答した。



「今回の方は、私も会った事がありますが、それはそれは美しい娘御ですし、気立ても良くて、家柄も申し分な…」



尋女は、観月の白けた表情に、話すのを途中で止めた。



無論、春光が帰って来たからには、これから何があるか分からない。



妻を娶った所で、危険に巻き込んでしまうだろう。



だが、事情を全て飲み込んだ上で、観月の妻に立派に成れるであろう強い女性は必ずいると尋女は思っている。



そして何よりも、荒清社には、どうしても観月の跡継ぎが必要で、それは早ければ早い方がいい。



尋女が観月に近い立場から、淫魔の件など何も知らない周囲にヤイヤイ言われるのはその為だ。



観月は、かつてこの地を護っていた龍の化身と言われる刀がご神体の荒清社の神事、人事全てをしっかり仕切り、資金繰りも上手く神社の事に熱心なのに、何故肝心の跡継ぎを作ろうとしないのか?



多くの縁談を申込まれ、良家の美女を選び放題なのにと、淫魔の件を知る者も知らぬ者も周囲は不思議がっている。



しかし、尋女は時々、観月自身は、荒清神社自体にそれほど執心していないのでは無いかと不安に思う節もあるのだ。



「それより、お前の知り合いに頼んでいた西宮の件、まだ返事は来ないか?」



観月がそう言うと、尋女は小さく溜息を付いた。



「はい。やはり、過去の文献はなかなか見つける事が難しく。しかし、今更、西宮様の前世が神職に近かったからと言って、今生で頼光様を観月家に産まれさせ、産まれる家を交換させたのが西宮様では無いかなどと…あの方は、その様な事をなさる風には見えませぬが…」



観月は、黙ったまま、尋女から斜め下に視線をやった。



「それに、今更それを疑って真実を知ったからとてどうされるおつもりですか?今大事なのは、皆で春光様を御守りする事では?春光様の御刀が今何処にあるのか。それを知るのが一番ですが、何せ、この私の力が衰えている所為で…せめて千夏の力がもっと開眼していれば良かったのですが…」



尋女の嘆息が続く。



「その、千夏だが…」



観月が一度言葉を止め、感情を感じ無い声音で続けた。



「尋女。お前の跡継ぎにと千夏を里から連れて来たが、アレを、小夜と共に里に帰そうと思う」



「は?」



驚愕に、老女の目が大きく開く。



「千夏の能力を見込んで姉妹共々連れて来て二年になるが、どうも私とお前の見込み違いだったようだ。春光も帰た事だし、早く新しい代わりを連れて来なければ…」



今度は、観月が諦めの息を吐いた。



「頼光様…千夏は、やっと他人に、春光様には慣れてくれそうなのにですか?」



「慣れそうだからだ。今の内に帰さなければ、このままズルズル引き延ばしても、千夏も、春光の、春光の為にもなら無い」



「それは…」



尋女が返答に困惑していると、観月が何かの気配を感じて、小さくしっと人差し指を縦に唇につけると急に立ち上がり、音も無く歩き出すと襖を思いきり開けた。



だが、廊下には誰もいず、静まり返っていた。



おかしい…確かに何か居たはずだが…



観月達の居る所から離れた部屋で、静かに引き戸が閉まる。



千夏は立ったまま襖を背に、姉の困り果てている顔を何より第一に想像し、更に彼の事を思い出す。



怖くないよ、と言って、笑顔の春光が、自分の手を白く柔らかい毛並みに導いてくれた事を。



自分は、彼の役に立てないから、ここには居られなくなる。



そして、彼に会えなくなるのだ。



小さな身体が動揺でドキドキとして、胸を押さえてその場にしゃがみ込んでしまった。





















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