第10話二人の巫女
優は予言者と会いはしたが、体調が悪いと言う事で、詳しくは後日と言う事になった。
一緒に居た巫女は小夜と言い、観月の遠縁の女性らしく、彼より一つ年下で、横に居た幼女の千夏は、彼女の年の離れた妹らしく、訳あって二人で荒清社に世話になっているらしい。
「春光さんも、お帰りなさいませ」
尋女の紹介後、小夜はそう言って優に色っぽく微笑んだ。
ずっと誰とも視線を合わせず頼りな気に俯いていた千夏は、観月から口が聞けないと教えられた。
舎殿の奥、観月家の私的な場所を、夕食までの間優は観月達に案内された。
特別用がない限り沢山いる神職の出入りもほぼ無く、あれだけ居る巫女もほぼ小夜だけが出入りし、彼女と他少人数の中年の使用人だけが観月と優、千夏、尋女、そして、同居する朝霧達三人の世話をするらしく、その空間は、ひたすらただっ広く怖い位静かだったが、ただ時折、邪悪では無いが、何か得体の知れない何かの気配を幾つも優は感じ取る。
小さい子供じゃあるまいしと、怖がっている自分を叱咤して、気の所為だと誤魔化す。
夕闇が当たりを覆い、神社や舎殿の敷地や軒に灯篭の灯りが付くと、観月家の私的空間は増々空気が妖しく静まり返る。
だが、よほど観月家は力が有るのか、舎殿内にはガス灯も所々設置されいた。
上品な出汁の香りなどが漂い、優が観月家で初めての夕食を摂る時間になった。
上座の中央に観月が座り、その左に優が座り、下座の右側に朝霧、西宮、定吉と座した。
まず中年の女性が膳を観月に運んで、小夜が優のものを運んだ。
優の近くに小夜が寄ると、ふわっと何かの甘い妖しい香りがして、優は彼女を見た。
近くで見ると、増々、顔の作りが観月に似ているなと、彼と同じ綺麗な黒灰色の瞳といい、自分より、彼女の方がよっぽど兄妹と言った方がいい位だと思った。
「どうかされました?」
ボンヤリと彼女を見ていたら、蠱惑的な微笑みを返された。
「あっ、いえ、なんでも…」
少し照れて視線を下にすると、小夜の上衣の合わせ目がかなり空いていて、そこからかなり豊満な胸の谷間が覗いているのが見えた。
思わず真っ赤になって優が視線を逸らせると、観月が咳払いした。
「あらっ、申し訳ありません」
そう言うと小夜は、ニコリとして両裾を合わせ下座へ下がり、自分の膳の前に座った。
「では、どうぞお召しあがりくださいませ」
廊下に下がっていた女性が、平伏した後襖を閉めた。
「あの…」
優が、観月を見た。
「何だ?」
一旦取った箸を、観月は膳に戻した。
「あの、千夏ちゃんは?」
その問いに、少し変な間が空いたが、観月は小さく溜息を付いた後言った。
「あれは色々難しくてな、食べる日もあれば、全く受け付けない日もある」
「食べ無いと言ったら、姉の私の言う事も、もう誰の言う事も聞き入れません。今日はもう床に入りました」
困惑の表情で、小夜が続けた。
「そうなんですか…」
優は、感情の一切感じ取れない、俯くさっきの千夏を思い出した。
だだ会話無く、箸と陶器の音だけがする。
相変わらず、朝霧と観月は互いに牽制し合っているし、此方へ来る前は、西宮と定吉がもっと近くで食事して話しも弾んだが、この部屋は広過ぎて優は二人との距離を感じる上に、観月と朝霧には、初めて会った時からずっと話し辛い変な隔たりがある。
向こうの両親とは、小さいテーブルを囲み、翁夫婦とも囲炉裏を囲んでいつも楽しく食事をしたのを、今更ながらとても有り難い事だったんだと思う。
酷く懐かしくて、懐かしくてたまらなくなった。
食事が終わり、風呂の用意がされ、又長い廊下を観月に案内される。
行く途中にそれぞれの部屋がある、朝霧、西宮、定吉も、各々のそれに一度戻る為に優の後ろを付いて行く。
ふと優が前を見ると、白い薄衣一枚の小夜が着換えたらしく、自分の部屋から出て来た。
彼女は優を見ると、又、艷やかに微笑んで言った。
「春光さん、さぞお疲れでしょう。お風呂にご一緒し、お背中をお流しいたします」
「え!?」
観月以外の、優達四人の男の困惑を含んだ声が重なった。
優は、身体の線のハッキリ出ている薄着の彼女を見ると目を逸し、慌てて右手を前に思い切りだし振った。
「あっ、いえ、結構です」
「なら、私がお背中を流しましょう!」
背後から優の両肩を掴み、定吉が
ニコリとして言って来た。
「いや、いいですって。風呂位一人で入らせて下さい」
優は苦笑いして定吉を見ると、急いで何処に風呂が有るのか分からないのに、前へ思い切り走り出した。
「お、お待ちください!主!」
定吉は、楽し気に後を走る。
「主!」
西宮も後を追い駆け出した。
「まぁ、以外と…お可愛らしい事。まるで、そう、生娘の様な…」
優の後ろ姿を見送り言いながら、小夜がさも楽しそうにふふっと笑った。
「小夜…」
じっと見ていた観月が、鋭く目を眇めて彼女を見た。
「お前、春光を試しているつもりか?」
よく似た血の、よく似た黒灰色の瞳同士が互いを見た。
「試す?まさか…」
「もし、お前が春光を試すような事をするなら、私にも考えがある…」
「考え過ぎでございますよ…」
妖艶にくすっと笑い、小夜は自室に戻った。
観月も、その後ろで全てを見ていた朝霧も、険しい目付きで暫く無言でその場に立ち、彼女の部屋の襖を見ていた。
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