第8話旅立ち
予想通り、観月は、昼前には出立すると決めた。
家に戻って来た翁夫婦は、せめて一晩優と過ごしたいと懇願したが、観月は無表情で切り捨てた。
そして、優の居る前で夫婦に小判を大量に出し、これで今まで世話になった事は不問にするよう小刀を置き、誓約書に血判を迫った。
「血判?」
優が観月のしれっとした横顔を見て驚いていると、夫婦はハラハラと泣き出した。
「これは、受けとれません。儂らは、これをいただかんでも、坊と暮らせて本当に幸せじゃった。ずっと欲しかった本当の息子が出来たようで」
「そう言う訳にはいかぬ。けじめと思うて受け取れ」
観月は、眉一つ動かさない。
「あの…観月さん!」
優も、間に割って入ろうとした。
だが、観月は、チラッとだけ優を見ると前を向き、冷たく言った。
「主…これは、翁夫婦の問題です…」
ぐさっと心にきた、優の表情が歪む。
すると、朝霧と西宮が厳しい表情で何か観月に言おうとして、定吉に止められた。
結局、翁夫婦は受け取らず、血判も無くなり、定吉が作った朝ご飯を優の顔を見ながら一緒に食べてすぐの別れとなった。
いよいよ家を後にする時、優は本当に泣きそうだった。
だが、冷血漢で強引な観月の前で泣くのがしゃくで、耐えて礼を言うと翁夫婦を抱き締めた。
観月家のご子息がこのような事と、夫婦は驚いたが、精一杯腕に力を込めた。
又、必ず、必ず来ると約束して。
ただ、優が猫を連れて行きたいと観月に言うと、彼は暫く無表情で優の顔を見て黙り込んだ。
てっきり置いて行けと言われるばかりを予想してどう言い返すか考えていたが、好きにしろと言われて拍子抜けした。
しかし、どう言う心境の変化か、さっきから観月の優への言葉遣いが敬語で無くなっていた。
馬かぁ…乗れるかなぁ?
優は、乗馬など経験がなかった。
車や電車が無いので当然と言えばそうだが。
移動に四匹用意されていたそれを見て、優は小さく溜息を付いた。
すでに、見栄えの良い小紋をまるで七五三の子供の様に着せられ、髪を束ねて下ろしていたが、ふっと頭に笠を観月に被せられた。
「お前は、目立つ…」
そう言うと観月は、優の腕を強引に引っ張った。
「ん?」
「お前は、私と乗るんだ」
西宮か定吉なら、まだ気が楽なような気がしたが、
どうしよう…
優は、思わず戸惑わずにいられなかった。
「小寿郎は、私が」
朝霧が、相変わらず無表情だが、優の持っていた猫の入った藤の籠を預かってくれた。
優が馬を見て少し考えて居ると、
「何をしてる、乗れんのか?」
すでに馬上の観月が、冷ややかに言った。
「乗った事、無いですから…」
「さあ…」
観月が、手を取れと優に伸ばした。
言われた通り馬のたてがみを持ち鐙(あぶみ)に左足を乗せ、強い男の力を借りて一気に上がる。
優は、鞍の有る前方に乗ったが、観月は
、馴れた感じで後ろの何も無い素の馬肌に跨り、前方の優の腰を大切そうに抱きながら器用に手綱を握った。
優は、観月の抱いてくる腕の強さに戸惑った。
「行くぞ!」
観月の合図で、馬が駆け出す。
「うおっ」
優が馬の速さに驚くと、喋ると舌を噛むと背後から嗜められた。
朝霧、西宮、定吉と、3頭の馬が続く。
ふと
優が振り返ると、別れの悲しみには似合わない明るい光陽の中、翁達はいつまでも見送り続けていた。
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