189 歓迎会

 凍崎誠二のステータスは、システムによって秘匿されていた。

 俺は動揺を表に出さないように気をつけつつ西口ロータリーを離脱した。

 さいわい、誰かに気づかれた様子はなかったが……。


「どうしたの、悠人? 顔色が悪いよ」


「そ、そうか?」


「ひょっとして、まだ緊張してる?」


「えっ? ああいや、そうじゃない」


 俺が特殊条件で手に入れたスキルに「偽装」というものならある。

 誰かからの「鑑定」に対し、あらかじめ設定しておいた偽のステータスを表示させるというものだ。


 だが、ステータスを「秘匿」するスキルには心当たりが無い。


 もうひとつ気になるのは、「看破」との関係だ。

 俺が手に入れた中には「看破」というスキルがある。

 この「看破」は、「偽装」されたステータスを見抜くという「鑑定」の強化版のような性能を持ってる。

 実際、クローヴィスの時は「偽装」によって隠されていた本当のステータスを見ることができた。


 しかし、この「看破」の効果も、システムによる秘匿とやらを貫通することはできなかったようだ。


 俺が鑑定を仕掛けたときに表示されたメッセージは、


《この探索者のステータスはシステムにより秘匿されています。》


 スキルによる「偽装」ならスキルによる「看破」で見破れる。

 だが、この秘匿はシステムによるものだと「天の声」が断言している。

 スキルでしかない「看破」では、システムによって隠された情報を暴くことはできないってことなんだろう。


 この秘匿がスキルによるものでないのなら、誰がどうやってかけたのかって疑問も浮かんでくる。


 まさかとは思うが……凍崎誠二は、この世界のシステムに直接干渉する方法を知ってるっていうのか?


 俺もシュプレフニルの創り上げた【君だけの世界】を使えば、この世界のシステムの目を誤魔化すことはできる。

 だが、この世界のシステムを利用して情報を隠させるなんてことは不可能だ。


 謎が謎を呼ぶような結果になったが、ひとつだけはっきりしたことがある。

 どんな手段であれ、ステータスを秘匿してることは確かなのだから、凍崎誠二がステータスを持ってることは確定だ。

 「天の声」も、《この探索者のステータスは――》と、はからずも鑑定のターゲットが探索者であることを暴露してる。


 となると、なおさらステータスの中身が気になるんだが……手持ちのスキルや技能でシステムによる秘匿を突破する方法はなさそうだ。


 唯一ヒントがあるとすれば、「天の声」が使った「秘匿」という用語だろう。

 俺は過去に、「天の声」から「秘匿情報の公開」を受けたことが何度かある。

 たとえば、こういうやつだ。


《秘匿情報の公開条件を満たしていることを確認。》


Secret──────────────────

「盗賊の小手」秘匿情報の公開条件:「盗む」「強奪」等装備・アイテムを奪うスキルを所持している。

報酬:「盗賊の小手」追加詳細情報の公開。以下の情報が公開されます。

────────────────────

Info──────────────────

盗賊の小手

装備すると「盗む」「強奪」等装備・アイテムを奪うスキルの成功率が5%上昇する。

────────────────────


 これは、黒鳥の森水上公園ダンジョンでトレジャーホビットから「盗賊の小手」を盗んだときに公開された情報だ。

 「盗賊の小手」を手に入れ、かつ「盗む」系のスキルを持ってるという条件を満たした時のみに、この秘匿情報が公開されるという仕組みらしい。


 じゃあ、なんでこんな仕組みがあるのか? ってことなんだが。

 一応、俺の中で有力と思える仮説はある。


 もしこの秘匿条件がなく、「盗賊の小手」本体の説明文に最初からこの情報が含まれていたら?

 「盗賊の小手」を入手した探索者は、「そうか、『盗む』や『強奪』というアイテムを奪えるスキルがあるんだな!」と、アイテムの説明以上の情報を得てしまう。

 まさか「天の声」がネタバレに配慮してるわけでもないだろうが、アイテムの説明文に他の要素へのヒントが含まれてしまうことを嫌ってるんだろう。

 アイテムの説明文は、あくまでもそのアイテムの効果のみを説明すべきもののはずだからな。


 だが、凍崎誠二のステータスにかかってる秘匿が、「盗賊の小手」のネタバレ防止と同じ意図に基づくものとは思えない。

 この秘匿は、凍崎誠二本人かその周囲の誰かが、凍崎誠二のステータスを隠すために設定したと考えるのが妥当だろう。


 おそらくは、俺の知らないスキル――強力さから考えて、固有スキルによるものだ。

 完全に想像だが、誰かが「秘匿条件を設定するスキル」を使って、凍崎誠二のステータスに秘匿条件という「鍵」をかけたんだろう。

 それが凍崎誠二本人によるものなのか、第三者のスキルによるものなのかはわからないけどな。


 スキルで直接隠してるなら、「看破」が有効だった可能性はある。

 だが、「未知のスキルによる秘匿条件の設定」→「システムによる秘匿」というステップを踏むことで、「看破」では突破ができなくなった。

 スキルでスキルに対抗することはできても、スキルでシステムに対抗することはできないからだ。


 俺がつい黙って考え込んでしまっていると、


「もう。悠人は今日の主役なんだよ? もうみんな揃ったから、行こ、行こ」


「あ、ああ。そうだな」


 歓迎会に臨む芹香の格好は、いつもの聖騎士スタイルだ。

 俺も芹香も、歓迎会の前に協会本部のシャワールームでダンジョンの埃を落としてきた。

 ふわりと漂うシャンプーの香りにつられるように、芹香の後に続く俺。


 歓迎会の会場は、協会の大きな会議室を借りている。

 いつものギルドルームではちょっと手狭になるからな。


 会議室は机が並べ替えられ、真ん中に集められた机の上には料理が、端に寄せられた机には飲み物が並んでいた。

 壁には学校の文化祭みたいな手作りの飾りや歓迎の横断幕が用意されている。

 五十人くらいは入れそうな会議室の中に、パッと見三十人くらいの探索者が集まってる。

 男女比は3:7くらいだろうか。年齢は二十代から三十代が多そうだが、それより上やそれより下っぽい人も何人かいる。


 特設された演壇に芹香が上がっていくのを、俺は指定された壁際の位置で見送った。


 同じ壁際の隣には、女性の先客が二人いた。

 俺と同時期に「パラディンナイツ」に入る子が二人いる、と芹香からは聞いている。

 俺や芹香と同じくらいに見える黒髪の女性と、あでやかな金髪の西洋人の女性だ。

 黒髪の女性は背が低く控えめな雰囲気で、西洋人の女性は長身でかなりスタイルがいい。

 魔術師ふうのローブを着た黒髪の女性に対し、西洋人の女性はパーティ向けの大胆なドレスを着こなしてる。


「どうも、初めまして」


 と、挨拶する俺に、


「いえ、初めてではありません」


 黒髪の女性がそう言った。


「私もそうよ。覚えてないの?」


 西洋人の女性も同じことを訊いてくる。


「……すみません、どこかで?」


「あの状況ではしかたがないかもしれませんね。私とルイーズさんは、例のダンジョン崩壊の際に、あなたに助けられているんです」


「『人間物品化』……最低なスキルよね。あの品性下劣なエルフの王だかに捕まった私たちを、あなたが解放してくれたのよ」


「ああ、あのときの」


 クローヴィスのスキル「人間物品化」でキューブに変えられてた探索者の生き残りだったのか。


「あの時は有難うございました」


「私からもお礼を言わせて。あなたが助けてくれなかったらどうなっていたことか……今でも寒気がするわ。本当にありがとう」


 女性二人に頭を下げられ、困る俺。

 お隣さんといい、最近頭を下げられてばかりだな。

 お礼であっても謝罪であっても、人から頭を下げられるとどうしたらいいか困るよな。


「いえ、行きがかり上助けられただけです。無事でよかったですよ」


 と言う俺に、二人の顔が暗くなる。


「……私のパーティは二人が殺され、四人が物品化されました。物品化された中で生き残ったのは、私ともう一人だけなんです」


「うちは、私以外全滅ね……」


「……そうなのか」


 想像してしかるべきだったな。

 クローヴィスは都内で多発的にフラッドを起こす際に、物品化した人間を生贄にしたはずだ。


「助かったもう一人も、『人間物品化』の心的外傷で、とても探索ができる状態ではなく……。活動ができず困っていたところを、芹香さんに拾っていただいたのです」


「私も同じく、ね。探索ビザが切れたら母国に強制送還されるところだったわ」


 どちらもそれぞれの事情を抱えてるっぽいな。


「――では、私たち『パラディンナイツ』に加わってくれる新メンバーを紹介します! ゆう……蔵式さん、文月さん、ルイーズさんは壇上へ」


 呼ばれて、女性二人とともに壇上に上がる。


「文月夢乃です。よろしくお願いします」


「ルイーズ・ノースタインよ。よろしくね」


 女性二人の自己紹介に拍手が上がる。


「えーっと。蔵式悠人だ。基本ソロで活動してるからあまりご一緒できないかもしれないが、一緒にギルドをもり立てて行ければと思ってる」


「マスターとはどういう関係なのぉ!?」


 と、早くも顔が赤くなってる派手な身なりの女性が訊いてくる。

 芹香も頬を少し赤くしてこっちを見てるな。

 恥ずかしがりながらも何かを期待するような視線である。


 ええい。


「――恋人だ。悪いか?」


 俺の言葉に、会場で誰かが口笛が吹く。


「ひゅう。お熱いねえ!」


「二人の馴れ初めは!?」


「え、いや、幼なじみでな」


「ふざけんな、芹香さんと幼なじみとかどんな勝ち組だよ!」


 ……それはまあ、俺もそう思う。


「おい、木瀬! おまえ、代表にふさわしい実力があるかどうかテストしてやるって言ってなかったか?」


「い、いや、僕はべつに……芹香さんが選んだ相手なら間違いないと思うし……」


「せっかくだからやっちまえよ! 芹香さんのシンパとして悪い虫がつかないようにするんだろ?」


「そ、それは……」


 木瀬と呼ばれた少年は、高校を出たかどうかの年齢だろう。

 おどおどしたタイプだが、芹香に心酔してるのは見ればわかる。

 周りに煽られて、俺に挑戦状を叩きつけてきそうな雰囲気だな。


 ……実力を確かめてやる!みたいな展開はないって言ってなかったか?


 芹香を横目でじとりと見ると、芹香は目をそらして口笛を吹くような顔をした。


「――やめておいたほうがいいですよ」


 と止めたのは灰谷さんだ。


「なんだよ、『計量比較』で勝ち目なしか?」


「『計量比較』を使うまでもないです。蔵式さん対芹香さんで模擬戦形式の試合をした場合、その勝率は93%を超えますから」


「マジ? うちの代表相手に模擬戦で7%も勝てるっていうの?」


「違います。逆です。蔵式さん対芹香さんの比較なのですから、蔵式さんが93%勝つということです」


 灰谷さんの言葉に、その場に居合わせた全員が絶句した。

 いや、正確には、俺、文月さん、ルイーズさんはぽかんとしてるけどな。

 もう一人違う反応を見せたのは、


「あ、今の悠人相手に7%勝てるんだ。よかった。なんとかギルドマスターの面目は守れそうだね」


 あっけらかんと芹香が言う。


「なあ、『計量比較』ってなんだ?」


「翡翠ちゃんの固有スキルだよ。あらゆる事象を数値化して比較できる能力」


「そりゃまたすごそうなスキルだな」


「今回の場合、悠人と私が模擬戦をした場合のそれぞれの勝率を計量したんだろうね」


「それが93%か」


 今の俺と芹香のステータスを比較するなら妥当……か?

 いや、手段を選ばなければ俺は芹香を完封できそうにも思う。


「実戦じゃないからね。なんでもありのルールなら……正直、今の悠人とはやりたくないかな」


「そ、そこまでなのかよ……」


 と、木瀬君とやらを煽った男性が引いている。


「ま、まあ、強さはともかく。まだ右も左もわからない新人だから、何かあったらよろしく頼みます」

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