183 言論蠱毒

「探索者になれなかった不満層を『羅漢』が吸ってた。で、『羅漢』がなくなったあとは、その一部が男児会や女自会に流れ込んでる……」


 層がもともと重なってるとも言えそうだが、もっと直接的な関係がありそうだよな。


「実は、問題となっている組織は男児会、女自会の他にもあるんです。移民排斥、生活保護バッシング、福祉と財源、日米同盟と核保有……といった個別の論点はまだマシです。問題なのは、極左と極右、宗教的保守派と宗教懐疑論者、ネオナチとアンティファ、陰謀論者と別の陰謀論者……のような、二極に分裂しがちな人たちですね」


「社会のあちこちで同時多発的に対立が生じてるってことか?」


 まあ、言論の世界なんてだいたいいつもそんなもんだろ……という気がしなくもないのだが。


「政治的対立そのものは、人間社会がある限りなくならないものだとは思います。しかし、今のこれは異常です」


「ダンジョン出現に伴う経済格差が社会に分断をもたらしてる……ってことか?」


「背景としてはその通りです。ただ、この状況を生み出している具体的な元凶も存在します」


「具体的な元凶だって?」


「さっき、悠人が話してくれたことだよ」


 と、芹香。


「蔵式さんのお隣の弟さんは、懸賞論文で賞を取ったと言っていましたね?」


「ああ。なんて言ったかな……ゲンロン.netだったか。そこの、なんとかいう警備会社が共催してた賞で、次世代の論客がどうとかいうやつだ」


 曖昧な記憶で申し訳ないが、ちらっと表彰の盾を見ただけだからな。


 灰谷さんは俺の曖昧な情報をもとにノートパソコンのキーを叩き、


「ゲンロン.net・首都警備共催、第一回<新世代を担う論客大賞>、ですね」


「そう、それだ」


 とうなずく俺に、


「やっぱりそこにつながるんだね……」


 芹香が深刻な顔でつぶやいた。


「そんなにおかしなサイトだったのか?」


 大手警備会社がスポンサーについてるくらいだから、それなりにまともなサイトなのかと思ってたんだが。


「そもそも、この懸賞論文というのが曲者です。世の中にはまともな懸賞論文ももちろんありますが、ゲンロン.netのものはそうではありません。なんのエビデンスもない愚にもつかない妄想を数千字ほど書き殴って投稿すれば、我が意を得たりと思った界隈の自称・文化人が賞を与えて箔付けしてくれるというものです」


「政治的に偏ったサイトってことか?」


「ある意味ではイエスでもあり、ノーでもあります」


「どういうことだ?」


「極端な政治的主張が跋扈しているという意味ではイエスです。しかし、それぞれの主張は必ずしも一定の方向を向いているわけではありません。ネット右翼的な主張ばかりが集まるというわけでもなければ、急進的な左派の論説ばかりが取り上げられるというわけでもありません。左右の偏りがないという意味ではノーと言えるでしょう」


「じゃあ、特定の主張を持った奴らの巣窟ってわけじゃないのか。それなら何が問題なんだ?」


「……蔵式さんは、ゲンロン.netをご覧になったことは?」


「ないよ」


「では、いわゆるまとめサイトというものはご存知ですか?」


「えっと、ネット掲示板の内容をまとめた奴だよな?」


「ええ。そういうものの中には、あえて論争となるような話題を取り上げてPVを稼ぐものがありますね?」


「ああ、あれか、賛成意見が赤字で、反対意見が青字で強調されてるようなやつ。その横にグッドボタンとバッドボタンがあって、グッドかバッドが押されたやつほど大きくなったり小さくなったりするんだよな」


「まさにそれです。もちろん、そういった仕組みを一概に非難するつもりはありません。対立を通して議論が深まることもないわけではないでしょう。ゲームの攻略情報の賛否などなら、そういった論争も含めて娯楽にしている人もいるのでしょうし」


「いわゆる対立煽りってやつだよな」


 と相づちを打って、話の流れに気がついた。


「……つまり、ゲンロン.netは、対立煽りに特化したようなサイトデザインになってるってことか?」


「ええ。ゲンロン.netでは、穏当で中庸的な意見や、事実やエビデンスに基づいた冷静な議論は注目を浴びない傾向にあります。極端な意見ほど読者の反応が激しいものですが、そうした反応の激しさに応じて記事や動画がレーティングされる仕組みになっているのです。激しい反応を引き起こした記事や動画ほど扱いが大きくなり、投稿者には月に一度まとまった報奨金も支払われます。反応の弱い記事や動画から得られる広告収入をプールして、報奨金の原資にしているそうです」


「反応の弱いコンテンツを出しても一円にもならないってことか」


「はい。そしてそのプールした分を、過激なコンテンツの投稿者にまとめて払うというわけです。いわば、勝者総取り方式ですね。SNSや掲示板では、『キャリーオーバー』とか『言論蠱毒こどく』などと呼ばれています」


「……なんだよ、それ。意見を過激化させてPVを稼ごうって仕組みなのか」


 まともな政治的議論をしようなんてつもりはハナからなくて、ただ炎上上等の過激な言論を集めて金を稼ごうって狙いなのか。


「まとまった報奨金を出すのは、過激な意見を言う『タレント』を発掘したいからなんだろうね」


 と、ため息まじりに芹香が言う。


「『タレント』『言論人』『論客』『コメンテーター』……まあ、なんと呼ぶかは勝手ですが、彼らが『食える』ようにするのが、勝者総取り方式の目的のようです。アメリカの大統領選挙に倣った仕組みだ……などと説明されています。噴飯ものですね」


「悠人のお隣さんの男の子がやってるのはそういうことなんだよ。過激な言論をアップして、勝ち上がれば報奨金がドンと入るってわけ」


「なるほどな……」


 サイト上で収益を上げ、需要のあるコンテンツを量産するって意味では、たしかによくできた仕組みだな。


「面倒なサイトだってことはわかったよ。でも、そんなの、俺たち――いや、探索者協会にだってどうしようもないことじゃないか? ネットユーザーがまともな見識を持ってることを期待するしかないだろ」


「そうなんだけどね……。でも、悠人にも全く関係がない話じゃないかもしれないんだ」


「俺に?」


「うん。さっきの懸賞論文を共催してた首都警備も……ゲンロン.netの運営会社も。どっちも、凍崎誠二の息のかかった会社なんだよ」

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