129 神様の心配

 ポータルを抜けて出た先は、もはや見慣れた鳥居と石段――ダンジョン神社だ。


「便利だな、これ」


 手に握りしめた勾玉を見てつぶやく俺。

 「迷い家の勾玉」。

 神様が神社での販売(神社だから授与か)を目標に開発中のアイテムだ。

 効果はご覧の通り。

 これを装備してポータルを潜ると、確定で断時世於神社に転移できるという優れものだ。


 俺の置かれた特殊な事情を鑑みて、神様が開発中のこれを貸し出してくれたんだよな。

 もっとも、えこひいきにならないようにと、かなりのレンタル料を納めてもいる。


 神社への確定転移は、それでもお釣りがくるだけの効果だ。

 とくに今の俺にとってはな。


 神社の空は既に宵の口。

 ピーク時よりはまばらな探索者たちに混じって、俺は石段をのぼっていく。


「あら、悠人さん」


 と、俺に気づいたはるかさんが言ってくる。


「今日は探索じゃないと聞いていたけど……神様に御用かしら?」


 はるかさんはほのかちゃんから今日は探索がないことを聞いてたみたいだな。

 ちょっと冷や汗をかく俺だが、これくらいなら言い訳は利く。


「ああ、ジョブのことで相談があって」


「そうなの。そろそろお終いの時間だから、社務所で待っているといいわ」


 埃にまみれた装備をマジックバッグにしまい、俺は社務所で神様を待つ。

 十五分ほどで神様が現れた。


「おお、よく来たの」


「忙しいところ悪いな」


 実を言うと忙しそうにしてる神様にいまだに違和感を覚える俺である。


「して、相談というのは?」


「もちろん、転職だ」


「む? 例の上級職への転職かの? しかし、あれは今就いておるジョブのランクが十分に上がらねば危険だと云った筈じゃが……」


「『簒奪者』ならSになったぞ」


「なに? ……むう! 本当にSになっておるではないか!」


 鑑定された気配はなかったが、神様はひと目で俺のジョブランクを見抜いたらしい。

 ……ふとした思いつきだが、神様相手に簒奪者のユニークボーナス「自身のステータスをそれなりの強度で偽装することができる」を使ったらどうなるんだろうな?

 元の世界のスキルでも「簡易鑑定」「鑑定」を騙す「偽装」のスキルがあり、その「偽装」を見抜く「看破」のスキルがあった。

 じゃあ、「看破」のスキルすら騙すようなスキルはあるんだろうか?

 そしてさらにそのスキルをも見抜く鑑定系の上位スキルがあったりするんだろうか?

 さらに発想を広げるなら、ユニークボーナスの程度表現「それなりの(強度で)」を成長させることができれば、「看破」に対しても自分のステータスを偽れるようになるって可能性もあるな。


 スキル世界で俺以外に「看破」のスキルを持ってる探索者は(少なくとも俺の知る範囲では)いなかったし、「偽装」を持ってたのはクローヴィスだけだ。

 だが、もし「看破」を持つ探索者がいたとしたら?

 あるいは、鑑定系の上位スキルに当たるような固有スキルの持ち主がいたら?

 しかもその探索者が政府系の情報機関に所属してたり、凍崎誠二の個人的なお抱えだったりしたら?

 心配しすぎと思うかもしれないが、対策ができるならそれに越したことはないだろう。


 って、今はそんなことは後回しだ。


「ど、どうやってたった一日で上級職のランクをSにまで上げたのじゃ?」


「いや、Sランクダンジョンのフロアボスと戦ってたら自然に上がった」


 どう考えても自然にではないし、なんなら「不自然に」上がった気もするが。

 簒奪者の技能で召喚した布袋がさらにトレホビを大量に召喚し、そのそれぞれが盗賊系ジョブそのものといった戦い方をして、しかもその相手がレベルが上のSランクダンジョンのフロアボスだった。

 これだけの条件が重なった結果、俺の予想をはるかに超える速さで簒奪者のジョブランクは晴れてカンストとなったのだ。


「……どんな無茶をすればそんな極端な上がり方になるのじゃ。おぬし、元の世界に戻れぬからと自棄になっておるのではあるまいな?」


 神様がいくぶん心配そうな口調で訊いてくる。


「まったく無茶をしてないとは言わないが、ちゃんと安全は確保した上でやってるよ」


「ならばよいのじゃがな……。はるかやほのか、他のパーティメンバーを悲しませるような真似はしてくれるなよ? もしおぬしが余りに無茶をするようなら……」


「わかってる。俺の秘密を守ることはできないって言うんだろ?」


 俺が別の世界(?)から来た別の「蔵式悠人」だということは、神様の胸にしまっておいてもらっている。

 ほのかちゃんや紗雪、春原、はるかさんにも内緒にしてもらってるってことだ。


「わかっておるなら、我からは何も言わぬ。おぬしの切迫した事情も聞いておるしの」


 神様は、半ば自分に言い聞かせるようにそう言った。

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